【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

問題点の解決を図る道は,なぜうまくいかないのかをじっくり調べることにある香川大学 石井 明

周辺視目視検査法の解明と普及を目的に

聞き手:現在,進めていらっしゃる研究についてご説明いただけますでしょうか。

石井:目視検査を行う時の理想的な検査方法である周辺視目視検査法を科学的に解明しています。そして,熟練者をマイスター(指導的検査員)に,初心者を短期間で熟練者にするということを実現するための目視検査教育訓練システムの開発を行っています。製品を目視検査する場合には,製品を様々な角度から見る必要があります。一番重要なのは,照明→製品→眼にいたる光線経路を理解することです。製品の傾け方によって異常部(欠陥)は見えたり見えなくなったりします。検査箇所すべてを確実に検査できるように製品を適切な角度傾け,回転させ,前後左右に移動させることが重要です。そして,この動作が一瞬たりとも止まることのない連続したハンドリング(自動化した動作)となるよう習熟することが必要です。この動作中に正常ではない異常領域が現れた瞬間を感じとる見方を周辺視と呼びます。一方,その感じとった異常領域が許容範囲を越えているかどうかを確認する見方が中心視です。
 目視検査教育訓練システムでは,モーションセンサーを組み込んだ製品モデルの動きをVR空間に再現し,特定の照明条件下での製品表面の映像を映し出し,ハンドリングと周辺視的見方の教育と訓練を行うことができます。また,訓練中の検査員の眼球運動を測定し,視線と瞬目の解析をしたり,心電を測定し,心拍変動の解析をすることによって,訓練の進行状況を把握したり,不良品の見逃しが生じたときの原因解明を行うことができます。

聞き手:どういう経緯で電通大から香川大学に移られたのでしょうか。

石井:画像応用技術専門委員会の秦清治先生は,息子さんが電通大の機械科にいたので,電通大によく来てくださったのですが,秦先生から「香川大学で工学部をつくるから,来ないか」と言われました。そう言われると,すごくうれしくて,行きたくなるのですよね。電通大は機械制御工学科と名前が変わって新しい建物ができて,自分の研究室も持つことができて,これからという時でした。けれども,私としては,新しく工学部を作るというのは,ワクワクしてすごく魅力的でした。新しいことに挑戦したかったから,そちらに行ってしまいました。知らない土地に行くことについてもあまり考えませんでした。まずはそこに飛び込んでしまって,それから考えるのではないかなと思っています。人口の少ないところというのは,人のつながりが深いです。小さいところは小さいなりにいいところがあります。
 香川に移って建物ができるまでの2年間は香川大学の本部キャンパスの経済学部の会議室が4人の先生に割り当てられて,レクザムという会社の一部で実験をやらせてもらっていました。その2年間は1人でしたが,研究に集中できてすごくいい仕事ができました。それから学生が入ってきて,研究指導を行いました。地元の企業との共同研究という形で,ほとんど外観検査自動化の研究でした。
 研究の大きな転換点になったのが,佐々木章雄さんにお会いしたことです。2009年4月に,外観検査のセミナーが東京でありました。私は目視検査の自動化について,佐々木さんは目視検査について講演しましたが,4名の講師中,佐々木さんの講演が一番人気でした。
目視検査の自動化をすると何が起きるかというと,その検査に携わっている人が要らなくなるわけです。したがって,私の仕事は,コスト削減につながるわけですが検査員の首を切る仕事でもあったわけです。しかし,佐々木さんが一番注目したところは,検査員がなぜそういう検査の仕方をしているのかでした。佐々木さんはIBMにいる1998年に,ベテラン検査員の検査動作を分析して,従来のよく見つめて検査する見方とはまったく逆の周辺視目視検査法を開発しました。しかし,非常にインパクトある方法だったので,5年間,IBMから出すことができませんでした。その後,2003年にIBMの藤沢工場が日立に売却されたため,この周辺視目視検査法という技術が公表できるようになりました。佐々木さんは慶応大学の先生方とこの技術の研究を続けるとともにセミナーを行うようになって2~3年した時に,私は佐々木さんに出会ったのです。私はその時は検査ワークの欠陥ばかりを見ていたので,検査員がなぜそのような検査の仕方をするのかという佐々木さんの検査員目線の発想はありませんでした。この発想に私はハンマーでガツンと殴られたような強い衝撃を受けました。
 セミナー終了後直ちに,佐々木さんに,画像応用技術専門委員会と香川大学の2カ所での講演をお願いしました。いずれも大好評でした。そこで,画像応用技術専門委員会内に新たなワーキンググループ「感察工学研究会」を2010年2月に立ち上げました。ミッションは2つ,周辺視目視検査法は,なぜいいのかを科学的に解明すること,そして,周辺視目視検査法を普及させることでした。
 最初の内はミッションを達成するために,どう攻めていいかがよく分からなくて大変でした。
感察工学研究会を立ち上げて 2年半たった2012年8月,脳科学者の中村俊先生と教え子の小柴満美子先生とお会いすることができました。中村先生は国立精神・神経センター神経研究所から東京農工大学(現在,名誉教授)に移られ,発達障害の子どもたちの情動発達の研究をされている方でした。中村先生と小柴先生は高速かつ低疲労の目視検査に興味を抱き,早速,脳科学的な観点から,そのメカニズムの解明に取り組んでくれました。小柴先生(現在,山口大学)は,照度,リズム,目の使い方について考察し,中村先生は作業環境,作業動作を含む周辺視目視検査法全体の考察を行ってくれました。その成果をまとめたものが,この冊子「周辺視目視検査法の理解と導入のためのヒント」※です。「理解」とは脳科学的な理解で,なぜ検査員がそんなに高速に作業ができるのかが説明されています。
 また,周辺視目視検査法の普及活動では,2015年から「目視検査改善キャラバン」を開始し,企業の検査現場に行って,直接,検査員の指導を行うとともに,検査員の検査動作の把握のための生体情報(眼球の動き,心拍変動,重心動揺等)の取得,そして,健康状態を把握するための問診票(3種類)調査を行っています。問診票の1つが「Fスケール問診票」です。この問診票は逆流性食道炎と「機能性ディスペプシア」という2つの胃腸症の有無を推定するために用いられるものです。幾つもの企業で調査したのですが,目視検査員の約半数が逆流性食道炎の疑いがあるという結果となりました。この調査を行うきっかけは,佐々木さんが周辺視目視検査法の指導を受けた検査員から,目の疲れや首・腰の痛みがなくなっただけでなく,胃腸の調子まで良くなったと感謝されたということを,研究会メンバーの森由美先生(横浜国立大学)に話したことでした。森先生は,胃腸症に関する研究で2つ目の学位,博士(医学)を取得していました。普通の検査員は,不良品を見逃さないよう目を皿のようにして見ることが間違った見方であることを知りません。結果として,多くの検査員が眼精疲労と胃腸の不調を起こしていました。周辺視目視検査法は,不良の見逃しがなくなったり効率が上がるだけではなくて,低疲労です。周辺視目視検査に変えることで,健康の改善が図れます。
 今,多くの大企業が,従業員の健康を大事にして,ものづくりなり産業活動をやっていきましょうという健康経営を目指し始めています。そこで目視検査という非常につらい現場と思われているところが一番改善の余地があるとして,私たちは周辺視目視検査法の普及活動を行ってきました。ようやく周辺視目視検査法のメカニズムも分かってきました。あとは効果があることをデータとして積み重ね,公表することが重要と思っています。

※石井明,佐々木章雄,中村俊,森由美:ちゅうごく産業創造センター(2017)
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石井 明

石井 明(いしい・あきら)

1978年 電気通信大学電気通信学部機械工学科卒業 1980年 電気通信大学大学院電気通信学研究科機械工学専攻修了 1980年 電気通信大学助手 1995年 電気通信大学講師 1996年 電気通信大学助教授 1998年 香川大学助教授 2002年 香川大学教授
●研究分野 
工業製品の視覚検査の自動化 子どもの健康な視力の維持 成功する目視検査
●主な活動・受賞歴等
精密工学会, 日本非破壊検査協会, 日本機械学会, 日本材料学会, 日本材料試験技術協会

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