【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

技術的知識と十分なソフトスキルがなければ,大きなインパクトを与えることはできないWilhelm Ulrich

レンズ設計は視野を広く持ち新しい手法に取り組んでいくことが必要

Ulrich:その後,90年代半ばになって,リソグラフィーのレンズ設計チームの立ち上げを任されました。1980年から1996年まで様々な分野の光学設計に楽しく従事してきましたが,1996年に管理者の仕事に就き,最先端光学システム設計のための優秀な人材が集まったチームを立ち上げ,先導し,そして引っ張っていくことになりました。
 我々は小さなチームで出発しましたが,10年くらいで50人を越える大きなチームとなりました。私は人を雇い啓発するという幸運に恵まれました。
 このときから,個人としてはレンズ設計から外れ,そのうちほとんど設計しなくなりました。ただ,チームを引っ張るために,個人的なレンズ設計の経験を活かして,多少なりともよい質問を投げかけることができたと思います。
 そして,最初の高NA屈折レンズを設計し,次に液浸レンズを,さらにEUV(Extreme Ultra Violet)の反射系を設計しました。90年代はKrF用の高NAレンズの設計で非常に忙しく(NAは0.6か0.7あるいはそれ以上),それらは市場に出て行きました。さらにNAを上げていきました。同時にNAが0.8とか0.9の高NAの,空気中では物理的限界のNA=1に迫る,ArFレンズ(193 nm)の開発を行っていました。リソグラフィー業界では,次のリソは何が来るのか,波長をさらに短くするのか議論されていました。
 波長157 nmで硝材に蛍石を用いることが解の1つでありました。しかし,皆さん覚えているように(笑),蛍石の真性複屈折のため,157 nmリソグラフィーは実用上困難である事が分かりました。ただ,光学設計者は少なくとも理論的にはこの補正が可能であると示すことはできました。

聞き手:蛍石を使い始めたときに,なぜ誰も真性複屈折率に気づかなかったのでしょうか。

Ulrich:100年前に知られていましたからね。物理学者のHendrik A. Lorentzが19世紀末にこの現象に言及していたと思います(笑)。我々は常に過去を振り返り,何がなされているか,何が研究されているか,解析されているかをチェックし,その妥当性を改めて評価しなければなりません。100年前には意味のないことでも,現在の新たな状況のなかで,大きく影響してくることがあるでしょう。
 NIST(米国標準技術研究所)のJohn Burnettは優れた人で,真性複屈折を改めて知らしめ,この影響を補正する必要がある事を示したのです。そこで,157 nmの代わりに,優れた解として液浸リソグラフィーが登場しました。その時点ではEUVリソグラフィーは時期が早すぎました。
 人々は100年前の顕微鏡とErnst Abbeを振り返り,さらに最近の液浸顕微鏡を見直しました。単なる水でまさしく物理的な開口数(NA)の限界1.0を超える事ができ,光リソグラフィーを次世代の解像限界まで推し進めてくれることが分かってきました。
 しかし,なぜ顕微鏡を振り返ったのでしょうか? 非常に興味があります。最初のリソグラフィー光学系は,大きな視野と適度な開口数が要求されていたため,カメラレンズをもとに導き出されました。実際,最初のリソグラフィー光学系はカメラレンズによく似ています。しかし,開口数が0.7を越えるような全屈折レンズの配置構成や形状は,カメラレンズにはまったく似ていません。大型の顕微鏡対物レンズに,少なくともレンズ設計者から見れば,似ていると思います。
 液浸技術をリソグラフィー技術に用いるまでに,なぜ多くの時間が掛かったのでしょうか? それは重要な問いです。顧客の強い要望やそのプレッシャーによって重大な基本的な変化が起こるまでは,多くの技術開発は(段階を踏んでいく)進化過程だからです。
 それが,次世代リソグラフィーである液浸リソグラフィーの始まりでした。正確には覚えていませんが2000年代の始めだと思います。2002年に,TucsonでのIODC(International Optical Designing Conference)および東京でのODF(Optical Design and Fabrication)において,液浸技術がリソグラフィーに適用できることを発表したことを覚えています。
 現在の液浸リソグラフィーは,NAが1.3を越えています。これはとてもすごいことではないでしょうか? 1990年代にはまったく想像できなかったことだと思います。振り返ってみると,私が最初に設計したカメラレンズの視野は広く,顕微鏡対物レンズの開口数は1.4でした。これらの特性を併せもったのが,野心的なレンズ設計コンセプトに基づいた液浸光学系なのです。

聞き手:反射屈折カメラレンズの知識は,液浸レンズを設計する上で有益だったのでしょうか?

Ulrich:それは新しい異なった考え方や見方を与えてくれると思います。レンズ設計者は自分が今までやってきた方法だけでなく,視野を広く持ち新しい手法に取り組んでいくことが必要だと思います。新しいコンポーネント,新規材料,新奇技術・・・などです。そして,時には後ろに戻ったり,昔のアイディアを現在の新たな状況のもとで見直すのも重要だと思います。それゆえ,幅広い経験が大いに助けてくれるのです。常に少し後ろに引いて,すべてを見渡して考えるのです。一般的な方法で設計や最適化を行ったり,コンピューターの結果を用いることで,確かに解を見つけられることは多々あると思いますが,差別化できるような解に辿りつくとは限りません。
 12年以上に渡る大変エキサイティングなリソグラフィーの研究開発(lithography research and development)の後,2009年にCorporate Research and Technologyに戻り,光学設計・解析グループ(corporate optical design and simulation group)の長になりました。このチームは,様々な応用分野に関して,光学設計コンセプト,レンズ,光学システムの開発をしています。顕微鏡・医療機器,そして半導体やカメラの事業に関してもサポートしています。
 各事業部の研究開発部門(R&D departments)をサポートしています。また,新たなトピックに関する解を探ったり,新奇技術や新規応用を評価したり,さらには,どの革新的光学設計コンセプトが,またどのシミュレーション手法が最適なのかを解析したりしています。
 すべての事業部の光学設計に関係していますが,それぞれの事業部のためにだけやるわけではありません。新奇技術の可能性や,それが新規光学系や光学システムに及ぼす効果を評価します。おおよそ100名のチームで,多かれ少なかれ光学に関係しています。光学設計者,シミュレーションエキスパート,プログラム開発者,そしてシステムエンジニア,計算機イメージング,機械学習などの専門家がいます。私はCorporate Research and Technologyの長に報告します。私の主な仕事は,成功に不可欠な優れた能力をもった十分な数の専門家を育てることです。内部だけでは困難な時には世界レベルの外部のパートナーも対象になります。
 また, まったく異なった仕事ですが,ISO TC 172 “Optics and Photonics”の会長として,国際的な幅広いコンセンサスを取りながら,国際的な調和の取れた光学に関する規格を作るサポートを2013年1月からしています。
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Wilhelm Ulrich

Wilhelm Ulrich(うぃるへるむ・うるりっひ)

ハンブルグ大学より応用科学のengineering degree(engineering degree from the University for Applied Science in Hamburg)を授与される。1980年 ツァイス光学設計の数学部門に入社し,様々な事業の最先端光学設計プロジェクトに従事(カメラ, 顕微鏡, レーザー走査顕微鏡, 医療顕微鏡,眼底カメラ,赤外光学系,干渉計,半導体露光用光学系)。1995~1997年 アーレン大学において,光エレクトロニクスの学生向けに光学設計の専門講義(associate lecturer)を行った。1997~2009年 カールツァイスSMT(SMT:Semiconductor Manufacturing Technology)AGにおいて最先端半導体露光装置の光学設計の長を務めた。2009年7月から現在 光学システム(レンズマウンティング基本設計を含む)設計の長を務めた。2014年~ オーバーコーヘンとイエナでのカールツァイス研究所のシステムエンジニアとアルゴリズムに関する責任者を務めている。2012~2014年 ミュンヘンのビジネスコーチング学院(Munich Academy for Business Coaching)でコーチング技術を学んだ。2013年~ ISO TC172“Optics and Photonics”のChairman。

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