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複雑に見えても,別の角度から見ればすっきりと単純な形に見える東京工芸大学 名誉教授 川畑 州一

結果を形として残すためには,ある意味無駄な労力も必要

聞き手:最後に光学分野の若手技術者や学生などに向けてメッセージをお願いします。

川畑:そうですね。今の大学では国公立を問わず,教育というよりも学生の面倒を見る部分に結構な労力を割かれているような気がします。
 若手の人がいろいろな会議に引っ張り出されたり,学生のこまごまとした生活指導まで面倒を見させられたりして,なかなかゆとりを持って研究をすることができていないように見えます。
 なおかつ成果主義で結果を出さなければいけない。そうするとじっくり取り組むようなテーマに関わるということが難しくなります。そうすると何か全体的に俯瞰するような研究体制というよりは,どちらかというと,ちょこちょこと飛び石的に進んで行くような形になりかねないという感じがします。それは本人にとってもあまりいいことではないですし,じっくりとした研究基盤ができないというのは社会にとっても損失だと思います。
 ある研究の成果の一部をもらい,それを発展させてちょこちょこと論文を書いているようでは,ノーベル賞に結びつくような研究にはなかなかつながらないのではないかと思います。ゆとりといいますか,遊びがあるような時間を持つことが必要なのではないでしょうか。もちろん遊んだからといってノーベル賞をもらえるわけではありませんが,やはりそういう部分がないと独創的な研究というのは育たないのではないでしょうか。せっかく能力があっても,環境が与えられずに芽をつぶされるようなこともあるのではないのかなという気がしています。
 今はほとんど成果主義といいますか,何しろ論文を書かなければいけない。書くネタがあって,結果を出せればいいのですが,それでは先ほど申し上げたように,本当に分かっているとは言えないと思うのです。そのテーマに対して答えを出しただけで,全体的なつながりの説明には至っていないからです。
 だから,証明を一つやるだけでは不十分で,違う方向,違う角度で見てみることが必要なのですが,これはある意味,分かっていることに対してもう一回チャレンジするわけですから,見ようによっては無駄に見えてしまいます。でも,結果を形として残すためには,ある意味無駄な労力も必要になってくるのです。
 評価と研究の完成度をどちらも上げていくためには,もう少し効率的,有機的にやれるような形になるといいと思っています。

大学の土壌を肥沃なものに

川畑:また,最近は学生さんにも時間がないと思います。私は三十数年間大学におりましたが,はじめの10年ぐらいまでは,各研究室に夜の8時,9時まで学生さんが残っていました。研究だけではなく何か遊んでいたり,コンピューターをいじっていたり。それはそれでアドバイスや小言,説教も含めた先生とのコミュニケーションの機会でとても重要な勉強の一つです。そういう物理的な時間がなくなっています。
 昔はそれなりに自分で考えようとした学生が多かったものです。分からないなりにもなんとか自分なりにへ理屈めいたことを考えていましたが,今は,分からないこと,知らないことは「聞くもの」になっています。しかも,一つを聞くともうそれで終わりなのです。例えば数学の証明でもこういう証明の仕方があるよ,他にもう一つはと言うと,いや,一つでもう十分ですと言われてしまいます。それでは本当に理解するまでには行かないのです。
 マークシート的な発想ともいいますか,○か×かそれだけが分かればいいのだという。理解はさておいて,すぐに答えを知りたがります。だから,インターネットですぐに答えがぱっと出てくるようですと,勉強の観点からすればあまりよろしくないですね。問題の分野についての説明から,自身で理解を深めて,それを元に今自分の抱えている問題をどうやって処理するかというふうな形に持っていければ,非常に有効だと思うのですが。
 勉強に関する意欲そのものも違いますね。昔は何でもいいからとにかく勉強することが大事だという意識がありましたが,今は何か勉強させられているという被害者意識的なものがあります。
 昔ならばそういう人たちは大学には行かなかったと思うのです。勉強はあまり好きではなくても,その代わり違うところで能力を発揮するわけですから,それはそれで構わない。逆にはっきりしているから,自分のやりたいことや,自分がどこに行けば自分が生かせるかみたいなことを,自分で考えていましたよね。でも,今はみんなが大学に行くから,じゃあ私もという形で来て,来たのはいいけど,大学で何をするの?と。
 私がMITに行った時,学生さんにどうしてMITに来ようと思ったのかと聞きましたら,MITがいい大学だというのを中学校,高校の時から聞いている,自分もそういういいところで勉強したいと思った。だから来て勉強するというのは当たり前だと。逆に,日本の大学生というのは勉強しないと聞くが,高い授業料を払ってどうして勉強しないのですかと質問されました。
 そういう学生さんがふえてきて,大学もカリキュラムを考えて対応していますが,結果として,勉強するところではなく勉強させるところに変質している気がします。  私は基礎教育の担当で1,2年生を主に教えていましたが,昔から学力的に未熟な学生がたくさんいました。中学校で習ったはずのことが分からないとか,これで大丈夫かなと思ったりもしたのですが,4年生になって卒業研究で配属されてくると,しっかりしているのです。学生自身が大学生活の中で意識をして勉強をして,足りないものを補っていました。昔は大学そのものに人を育てるような力があったように思います。今は4年生になってもほとんど進歩してない「生徒」が多く見られます。そういう意味で大学そのものが,土壌的にやせてきています。大学の土壌をなんとか肥沃なものにしないといけませんが,その肥料はやはり先生だと思うのです。

大学にしわ寄せが一番きている

川畑:先ほども申し上げたように,先生たちが,自分から勉強しようとしない学生を一生懸命尻をたたくことに時間を費やしたり,研究でも成果だけを求められて,ゆっくりものを考えて立場を楽しむ時間がないというのは問題だと思います。
 私たちが学生の時の先生は優雅で,社会的にも仕事をされていて,だから誰も遊んでいるとは思わなかった。そういう中できちんとやるべきことをやっていました。ただ,今それを真似ようとすると,周りからバッシングの嵐になるでしょう。
 もう少し先生に時間的な余裕ができれば,研究室単位だけでも上級生の雰囲気が変わると思います。それを下級生が見て,目標にして貰えるようになればと思います。
 私の時代,それまで部活では最上級生で,運動部なら神様だと言われていた4年生が,研究室に入ると最下級生になります。研究室では先輩たちが4年生に睨みを利かせて研究室のしきたりを教え込みます。いい意味でのヒエラルキーがあり,それを下級生が納得して行動していたのですが,今は全部横並びで,先生さえも,学生には友達関係のようです。あるころから先生が学生を呼び出すのに,先生の方が学生の都合を聞かなければいけなくなりました。昔は学生が先生の都合を聞いて会いに来たものですが。
 学生さん自身が本当に大学でやりたいことを自覚していないように思います。このことで悩ましいのは,大学にしわ寄せが一番きていることでしょう。小学校の時は中学校に行けば本人もやる気が出るでしょう。中学校では高校に行けば自覚ができるでしょう。高校では大学に行けばと,やる気や自覚の機会が先延ばしされてきたように思います。しかし,最終学歴の大学では,社会人になればやる気も自覚もできるでしょうとは言えませんから。
 本当は,大学が一番楽してよいはずなのです。自覚と勉学の意欲をもった学生が大学に多く来てくれれば,学生の教育も比較的容易だと思います。その代わり,大学の務めは人材育成と研究を通して社会に成果を還元するというのが理想型だと思うのです。
 昔に比べ大学への進学率が上がりましたが,進学率が上がるというのは,相対的に学生のレベルは下がるわけです。また子どもが少なくなったことで,学生の確保のために難易度を下げる傾向にあります。そうなると,今までのような高いところからの講義だけでは付いていけない学生さんが出てきます。落ちこぼれては困るので,習熟度ベースで幅広く学生の面倒を見ましょうとなりました。そこまでは正論ですが,実際にどうかというと,学生の意欲の問題もあるし教え方の問題もあります。学生も千差万別だから,先生が1人では対応できません。全部先生に押し付けてしまうと,先生がパンクしてしまうし,そうすると,結局分からない学生はそのまま残されてしまうのです。
 この問題を解決するには時間がかかりますが,やはり学生さんにやりたいことの目標を持ってもらうことと,先生がゆとりを持てるようになることが重要だと思っています。
 そして,俯瞰的に物事を見るような訓練を若い時からしておいたほうがいいと思います。私自身はある意味で知らず知らずにレールの上を走っていて,後からそこにレールがあったということが分かるぐらいでしたから,俯瞰的な見方はできていませんでしたが,今思うとあの時に俯瞰的な見方ができていればまたちょっと違ったこともできていたのかなと思います。後の祭りですが。
 実際に退官してからは,いろいろな脇道に入っていっていろいろつながりが見えてきて,自分なりに「遊び迷子」を楽しんでいます。
川畑 州一

川畑 州一

●川畑 州一(かわばた・しゅういち)先生のご経歴
1948年 宮崎県生まれ 1973年 学習院大学理学部物理学科卒業 1978年 学習院大学大学院自然科学研究科 物理学専攻,博士課程満期退学 1978年 学習院大学理学部物理学科助手 1980年 理学博士(学習院大学) 1980年 東京工芸大学工学部講師 1988年 同 助教授 2002年 同 教授 2014年 東京工芸大学工学部 定年退職 2014年 東京工芸大学名誉教授 現在に至る
●研究分野
偏光及び偏光計測,エリプソメトリー(偏光解析法)と蒸着薄膜計測への応用
物理教育全般
●主な活動
2010年~2014年 偏光計測研究会代表
1999年~2012年 私立大学情報教育協会 物理学情報教育研究委員会委員

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