【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

「考えさせる」という環境や教育から成功体験が生まれる理化学研究所 大森 整

設計者と製造者が緊密に連携すると,光学分野はまだ伸びる

聞き手:最後に板橋区との連携の観点から,光学分野の若手技術者や学生などに向けて,光学分野の面白さやメッセージをお願いします。

大森:私は非球面レンズの加工ができたときに,平面でも球面でもなく,数式で書いた湾曲した形状をなめらかに磨けるということに,自分でも本当に驚きました。子どものころ「宇宙はどうなっているのだろう」と興味を持っていたことに対して,宇宙望遠鏡のレンズとして,自分で作ったレンズを組み込んで本当に未知のものが見えるのだろうかと,大人になってまたさらに興味が湧きました。今でも天文関係の先生に声を掛けられますと,「今度はどんなレンズの相談だろうか」とワクワクすることがあります。大きな宇宙も光を使って観測しますが,小さいものを見る顕微鏡も未知のものを探る上で,光は非常に重要なツールであることに変わりはありません。そのため,光をコントロールするレンズやミラーを作るのは,非常にやりがいがあるのではないでしょうか。
 これまで,多くの光学設計者との接点がありました。こうしたカメラや望遠鏡の光学設計者の多くは光学部品の加工に直接携わられてはいません。そのため,設計ができても光学部品が作れませんと,見たい光が永久に見られないのです。そうしたことから,これからの若い技術者や研究者には,設計する人と作る人との間をもう少し緊密にコラボできるよう心掛けていただくといいのではないかと思っています。設計者と加工屋がより仲良くなって,これまでできなかったレンズやミラーを作れるようにしていってほしいです。
 光学部品の設計者は,設計したレンズがどう研磨できるかでなく,あくまで光の性質や光学部品の要求性能から導き出した設計図を用意します。一方で加工屋さんは,設計者や天文学者の先生から図面を見せられて,ここを数ナノメートルの精度で加工してほしいと言われても,「あなたはできるんですか?これが,どれだけ難しいかわかっているのですか?」と面と向かって言うことがあります。現場のレンズ研磨の技術者は,より高精度な光学部品を作るのは相当難しいという認識を持っています。設計者が,そういう人たちの経験や実績を理解した上で図面を書けば良いという一面もありますが,逆に,それを知り過ぎていても,あまり画期的なものが生まれない,ということもあり得ると思います。
 そのため,設計者と製造者,開発者が,もう少し,お互いに親密,緊密に連携していくことが,将来,光学分野の夢の実現につながるのではと思います。妥協という意味ではなく,工夫して設計して作るということです。作れる要素に分解して,設計するような考え方を別に持ちながら,両者がうまく歩み寄ってくると,ますます光の分野の進化が望めるのではと思います。まさに未知の,見えない光が見えるようになるかも知れません。そうしたことが,ひいては格段の性能を持ったカメラの開発や製品化など,産業分野の発展にもつながり得ると思いますし,宇宙の果てを見る天文や物理の分野でも,今見えないものを将来見るという夢の実現に近づくと思います。
 私のポリシーとしては,未知のものを見るというサイエンスを,エンジニアリングとして,有用な生産や製造のステージに持っていくというアクティビティが重要と考えています。これまでお話しました,1メートル,2メートルのレンズを作ることによって,普通サイズのレンズは,当時に比べれば,加工の難易度が下がってきたと実感しています。これは,大型レンズを作るきっかけがなければ,きっとそこまでのスキルも必要でなかったかも知れませんし,実際上がらなかったことと思います。
 今心配に思うことは,もの作りを研究し教育する教員や研究者が世界中を見ても減りつつあることです。どちらかと言えば,ソフトウェア的な研究が増えているよう見えます。そうした分野の研究も当然重要ですが,ガラスやセラミックスを研削,研磨したり,金属を切りくずを出して削り磨くという伝統的な技術の研究は,ナノスケールの精度を目指すという進化を遂げ生き残るべきと考え,これからも絶やさずやってほしいと思っています。こうした活動には設備も場所も人手も必要となり,なかなか持続させるのは難しいと思いますが,ぜひ技術者,研究者には継承していって欲しいと願っています。
大森 整

大森 整(おおもり・ひとし)

1991年 東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻,博士課程修了,工学博士
1991年 理化学研究所 入所 素材工学研究室研究員
2001年 理化学研究所 素材工学研究室主任研究員,以後,同 大森素形材工学研究室 主任研究員として現在に至る。
●研究分野
生産工学
●主な活動・受賞歴等
1997年 大河内記念技術賞
1999年 全国発明表彰経団連会長発明賞
2000年 日本機械学会生産加工・工作機械部門業績賞
2003年 文部科学大臣賞(研究功績者)
2003年 市村学術賞貢献賞
2003年 精密工学会蓮沼記念賞

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