【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

「考えさせる」という環境や教育から成功体験が生まれる理化学研究所 大森 整

「光学の板橋」ブランド化のため常にアンテナを張る

聞き手:板橋区と大森素形材工学研究室は2012年に共同研究契約を締結して,「光学の板橋」ブランドの確立をめざしていらっしゃいます。今までの成果やご苦労,これからの目標をお教えください。

大森:この協定を結ぶだいぶ前から,板橋区の方が地元の企業さんを研究室に連れて来られ,研削や研磨の研究を見ていただいたりしたことがありました。地元企業さんにはレンズ研磨屋さんが多いことや,区の「光学の街」というべき特徴が,私の研究テーマと共通項も多く,そのときはコラボまではいかなくても,時々来られては「ちょっと実験を見たい」という企業さんもありました。
 また,トプコンさんやペンタックスさんはすぐ近くにありましたので,よく板橋区の加賀にある分所に来ていただいていました。分所の大きな部屋でELIDのセミナーを開く時は,必ずといっていいほど聞きに来ていただいていました。このように,板橋区の地元企業さんとは,元々交流があったという背景があります。
 そうしたことで,数年前に区が引率した企業経営者さんたちの見学会をお引き受けしたときに「トプコンさんやペンタックスさんと交流があって」と伝えたところ,区の方がかなり魅力に感じていただいたということと,もっと私の研究室の技術を地元で活用できないか,という雰囲気になってきたのではと思います。
 当時,坂本 健区長のリーダーシップで,研究機関と連携して「光関係を強くしたい」という方向性が打ち出されたように思います。医療のほうでも区には充実した環境があるので,「光や医療に関係するような研究開発をやれますか」と,区長がこの締結に先だって視察に来られました。ちょうどそのとき,私は人工関節の加工の研究に取り組んでいましたので,区の方に豊島病院の先生をご紹介いただいて,その技術の説明にうかがったこともありました。これに前後して,「共同研究契約を締結して区と地元企業と連携して行けないでしょうか」という話が出ていたと思います。坂本区長も非常に熱心で,トプコンさんやペンタックスさんとの交流もずっとありましたので「じゃあ,やりましょう」という話でまとまり,2012年に締結という運びになりました。
 その後,「光学の街,板橋」のブランド化を目指すという主旨で,「ブランドコア会議」が立ち上がり,私や研究室のメンバーも積極的に参加したり,地元企業さんとコラボを進める中で,交流も一層盛んになってきました。
 敷居が低いというのかも知れませんが,前の分所は,特に守衛もありませんでしたし,実験室に,ひょっこり,近くの社長さんが顔を出したりしていました。こちらも,気軽に来ていただけるように対応を心掛けてきました。
 研究の打ち合わせ以外に見学も受け入れています。最近では小学校,中学校,高校や,地方からの見学依頼も多くあります。毎年,夏に,福岡の嘉穂高校から見学を受け入れています。この高校は,スーパーサイエンスハイスクールのひとつですが,これは区が積極的に進めているものです。他にも,仙台方面や静岡や各地の高校から見学を受け付けています。これも区との連携の一環で,高校生の方には,大学などの進路を決めるタイミングでもの作りに触れていただくことで,将来の参考になるのではと思っています。これまで,年間通して数百人の見学があり,研究の指導と観光的なアピールとがうまく成り立つようにしてきたと思っています。
 また毎年,多数の企業さんとはいろいろなテーマでコラボレーションを行い,技術移転を進めてきています。区との連携の観点では,毎年新たな区内企業さんに対応できるように心掛けていますが,さらに区外企業との関係へとつなげるべく,より多くの方や企業との接点が得られるように心掛けています。中村修二先生のベンチャー,SORAAの支社がMIC-2に来たこともあり,さらに接点やテーマを広げようとしています。区内企業のお客さまの多くは区外にあることから,区外と区内をつなぐようなネットワーキング活動も今年から積極的に進めています。SORAAの本社はアメリカでもあり,海外の企業や機関とこちらの地元の企業や機関とをつなぐような活動も進めていければと考えています。
 理研は来年100周年記念事業として,中村修二先生をお招きして特別講演をお願いしております。それも含め,区との連携では板橋オプトフォーラムを毎年開催しています。これも,区と理研,区内外の組織との接点を増やすことにつながるのではと思っています。
 まずは,何かをやっていかないと何も起こりません。ただ,やりましても,すぐに直接,企業業績にはつながらないかも知れませんが,何か課題が出たときに「あの会社でできるのではないか」という情報を持っているかどうかが今後ますます重要になってくると思っています。もしそうした情報を持っていても,その会社とは直接接点のないような関係だったとします。しかし「この人は,あの会社の社長さんと親しいから聞いてみよう」と,人づてにコンタクトが取れれば,すぐに相談に乗ってくれることが実際多いのです。顔見知りがいるとか,区内の企業さんにはどんなところがあるかを知っているかどうかが,新しい課題解決の手段になり得るということです。そのため,いろいろなネットワークを通して,ほかの企業さんのやっていることを知っておくのも非常に重要になり得ると思います。意外と同業者同士ではアイデアが出てこなくて,仲間内で話していても独創的なものがなかなかできなかったりします。一度コラボしてみて,本当に化けるというか,これまでにない新しい製品ができたり,新しい事業ができたりすれば,非常に面白いと思います。常にアンテナを張っているかどうかだと思います。それが,会社にとっても,経営者や社員,そして技術者の実力になってくると思います。板橋区はそうしたハブ機能を果たし,ベンチャーを結集して新しい物を生み出そうという意図を持って活動しています。

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大森 整

大森 整(おおもり・ひとし)

1991年 東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻,博士課程修了,工学博士
1991年 理化学研究所 入所 素材工学研究室研究員
2001年 理化学研究所 素材工学研究室主任研究員,以後,同 大森素形材工学研究室 主任研究員として現在に至る。
●研究分野
生産工学
●主な活動・受賞歴等
1997年 大河内記念技術賞
1999年 全国発明表彰経団連会長発明賞
2000年 日本機械学会生産加工・工作機械部門業績賞
2003年 文部科学大臣賞(研究功績者)
2003年 市村学術賞貢献賞
2003年 精密工学会蓮沼記念賞

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