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「考えさせる」という環境や教育から成功体験が生まれる理化学研究所 大森 整

3000回に1回くらいだけきれいに光るのが不思議で仕方がなかった

聞き手:鏡面研削加工をはじめ,精密加工を支える「ELID(電解インプロセスドレッシング)研削法」の研究に至った経緯,また今後の有用性や目指すところをお教えください。

大森:修士の1年目,年を越すかどうかというタイミングだったと思うのですが,シリコンウエーハを鏡面に研削するのが,なかなかできずにいました。できたこともあったのですが,なかなか再現しなかったのです。
 砥石でシリコンウエーハを削るのですが,1回削って粗さを測って,2回削って粗さを測って,と繰り返してみても,あまり変化はなく,見た目がどうしても白っぽくなってしまうのです。後で分かったのですが,これは砥石が切れていない状態だったのです。そうしますと,表面がむしれてしまって,曇りガラスのように艶のない状態になってしまいます。鏡のように加工するのは非常に難しいと分かってきたのですが,面白いことに,実験を延々と続けますと,数千回に1回ぐらいぴかっと光るのです。これが不思議な現象でした。
 そのため,毎回毎回,気が抜けずに,じっと加工の様子を観察して夜通し起きていることが多かったと思います。機械は3000回でも何回でも自動運転ができます。普通は2~3時間後に,機械を確認にくればよいのですが,もし見ていないときに,突然きれいになったとしても分からず仕舞いです。そこで,1回1回ずっと起きて見ている必要がありました。ずっと見ていますと不思議なことに,たまに,突然きれいに,ぴかっと光るときがありました。今から考えれば当たり前ですが,加工を続けていて砥石の表面がすり減ってきたときに,最初は砥石の表面に突き出さず中に埋もれていたダイヤモンド砥粒,いわゆる研磨剤の粒子が少し頭を突き出すのです。ダイヤモンドは硬く,ダイヤモンドを固定している,いわゆる糊のようなボンドの部分がより早く摩耗します。そしてそのダイヤが突き出した瞬間になると,削られた面がきれいに,すぱっと光るのです。こうして,砥石をうまく摩耗させれば,砥粒がうまい具合に突き出して,きれいに削れる瞬間があるということに気が付きました。
 きれいに加工できたとき,装置をすぐに止めて,砥石の表面を顕微鏡で見ると,ダイヤモンドがキラキラと表面に出てきていました。これは,何度も何度も加工しての結果,本当に経験だけで見出したことでした。最初から何かを予測をしていた訳ではありませんでした。「どうやればダイヤモンドを固定しているボンド材が取れるんだろう?ダイヤを少しだけ表面に突き出させるにはどうしたらいいんだろう?」とずっと考えることが半年以上続きました。
 こうした中,私が大学3年のとき,今でいえばインターンシップですが,夏休みに1カ月ぐらい研修先の会社に行って,放電加工という,電気で加工する実験のお手伝いをしていたのですが,そのときのことを思い出しました。そして,この砥石も金属のボンドを持つため,電気が通ることに気が付いたことから,「放電加工のように,電気をかけてみよう」と思いつきました。でも,これも偶然の発想でした。もしその会社で研修していなかったら,電気加工について何の経験もなく,恐らくトライしていなかったと思います。
 私がELIDという原理に出会った背景にはそうしたきっかけがあったと思います。ELIDというのは電解ですが,最初は電解よりもかなり強い電気的現象を利用する「放電」が起こっていると考え,「放電研削」と呼んでいました。砥石をプラス極,相手側(工作物)をマイナス極として,かなり近接させて放電が発生すると考えていました。そのようにして,シリコンウエーハを削るのですが,最初の実験では,砥石をプラス極として,削られるシリコンウエーハ自体をマイナス極にしました。シリコンは通常は導電性がないのですが,ドーピングされた若干の導電性があるウエーハを使ってマイナス極にしながら研削を行いました。それでも,あまり導電性がないウエーハに通電するために,最初は120ボルトなどの比較的高い電圧をかけていました。
 こうして,何回か削ってみましたところ,電圧をかけないで削るよりも早くきれいになるのです。削っているうちに砥石の表面のボンド材が電気的に除去され,ダイヤモンドが突き出してきて,きれいに刃先が揃うと,よく切れるようになるのです。20~30パスぐらい削りましたところ,確実に鏡面が出るようになりました。
 ただ,直接,工作物であるシリコンと砥石との間に通電していたため,この通電の影響が強過ぎるためか,せっかくきれいになってきたシリコンが少し焼けたように黒っぽくなってしまうことが課題でした。「もう少しきれいにならないか」と思うようになり,シリコンを直接マイナス極にするのはやめることにいたしました。
 かわりに,別の電極を設け,その電極と砥石との間に放電を起こそうとして電極を作ることにしました。ところが,適当な電極サイズが分からず大きめに作ってしまいました。実は電極が大き過ぎると放電は起こりません。かなり鋭利な先端のように,接触面積が少ないほうが,そこに電荷が集中するので放電が起こりやすいのです。こうして電極が大き過ぎた結果,「おかしいな,火花も何も見えない」ということに気付き,「やはり放電はしていないのか」と思いながらも,砥石とこの電極の間に電気をかけながらシリコンを削ってみたら,なんとかなりきれいな鏡面が出たのです。今度は,シリコンに電気をかけていないため焼けも起こらず,「実験成功!」と喜びましたが,「じゃあ,どうなってるんだ」と,すぐに疑問が湧いてきました。そしていろいろと現象を見てみると,やはり放電ではなく電解ではないかということが分かってきました。
 そうした中,電気加工の専門の先生方にも見に来ていただいたり,いろいろご意見をうかがったり,自分でもいろいろな専門書を調べる過程で,ELID,つまり「電解インプロセスドレッシング」の原型ができあがっていきました。
 つまり,元々は放電でボンドを溶かそうとしたのですが,シリコンに放電で直接通電すると焼けるため,電極を別途設けてみたところ,電極のサイズが大き過ぎて電解になってしまった,ということになります。砥石の寿命の観点からも,放電をかける場合,電気的な作用が強過ぎて,砥石の消耗が激しくなるため,放電よりは弱い電解ドレッシングとするのが,結果として正解だった,ということになります。こうして,ELIDの原型がほぼ完成したのが,ちょうど修士2年の春になる時期でした。
 砥石の状態を見ながら実験するのも時間がかかりました。機械もそれまでとはかなり違う精密な機械が入手できましたが,ゆっくり削って,確認するという作業を繰り返し, 1回1回の実験に時間をかけていました。夜8時過ぎか9時ぐらいに実験を始め,午前1時過ぎから2時ぐらいに「あ,だんだん,光ってきたぞ」となり,そして2時を過ぎたときに完璧に光ったのです。真夜中についに完璧な鏡面ができました。そのときの加工面は,平均粗さで数ナノメートルぐらいに仕上げられたのですが,実は今の数値とほとんど変わりません。今も当時と同じぐらいの数値が出ていますので,当時の結果はかなり信頼性が高いものであったと思います。
 今は,発明当時に比べ,誰がやってもでき,量産でも普通に使われています。砥石も改良され,電解をかけるための専用の電源装置も開発されました。信頼性もさらに増えて相当良くなっています。ただ,ELIDで最初に鏡面が出たときの粗さは,当時のデータとしては,先をいっていたということだと思います。今でも学生のELID加工の研修では,「数ナノメートルぐらい出るから,まずはそれを目指してやってみなさい」と,そのあたりの数値を目標にして進めていただいています。十分な目標値といいますか,実力値と思います。
 砥石の表面が良くなるときれいになるときがあるという現象を見つけて,それを,どうしたら,いつもそういう状態に持っていけるかを考え,そのコントロールのために電気をかけたというのが正解だった、ということが言えると思います。
 当時は,シリコンウエーハを砥石で削って鏡面仕上げするというのが,半導体業界を始め,研削加工を専門とする先生方には夢でした。砥石で削っても,艶は出るものの,なかなか鏡面までは出なかったのです。
 鏡面研削という言葉が普通に言われるようになったのは,このELID研削の発明以降と思います。この発見を,修士2年になる年に,3月の春の学会で発表いたしました。「鏡面研削」というタイトルを見ていただいたのか,研削加工の大御所の先生方が講演会場の最前列に並ばれ,最初は相当なプレッシャーを感じましたが,すぐに実用化する企業が表れて,次第に認めていただけるようになりました。
 修士2年のころになると,この技術が本物だと次第に理解されるようになり,多くの先生方や会社の方に見に来ていただいたり,会社の方がすぐに使いたいと,即,研究生を派遣してくることも増えました。海外の企業からもエンジニアを派遣して,レンズの磨きに使えないかとか,いろいろなアプリケーションの探索を始められていました。博士1年かその前ぐらいの年には,いち早く量産で使い始めていた企業があったと思います。
 半導体から始まりましたが,レンズや自動車部品,セラミックスなど,とにかく硬い材料の加工に効果がありました。ELIDによって,電解で砥石を溶かしながら常にリフレッシュする,ボンドを取りダイヤモンド砥粒を常に新しく出していくというプロセスができたおかげで,細かい,4ミクロンぐらいから2ミクロンという砥粒でもよく切れるようになりました。その当時,このような細かい砥石はELID以外には使えませんでしたので,一般に市販されていた訳ではなく,砥石メーカーが「どうしてもなら作りますよ」という特注のような形で入手していました。結局,ELIDなしでは切れ味が悪く,なかなか利用ができませんでしたので無理もありませんでした。このような細かいダイヤの砥石が正しく目立てされたとき,結果として鏡面研削ができるようになるのです。
 こうしたことからも,鏡面研削は研削を専門とする先生方や技術者の夢であり,砥石メーカーにとっても細かい砥石が売れるようになったという意味ではビジネスチャンスも得られたことになります。さらに,ELIDによって,硬い材料を早く鏡面仕上げできるようになったということになります。砥石はよく切れるようになるので,セラミックスやガラスであっても,能率よく削ることができ,そして削られた面そのものが鏡面になることから,場合によっては磨きを省き,ELIDによる研削面だけで最終製品ができるものも現れました。こうして,87年に発明した後,88,89,90と改良を重ね,大学院博士課程の2年,3年の後半に差し掛かるころには,かなりのユーザーが増えたと思います。
 ELIDの発明は,最初は放電なのか電解なのか分かりませんでしたが,原理をきちんと見極めることで,砥石の表面をコントロールできるようになったということに終始します。今思えば,1回1回加工の様子をちゃんと見ていたことが,この発見,発明につながったと思います。新しい発見,発明には,常にこのような姿勢が大事だったと言えるのではと思います。
 今,私のラボの機械はほとんど自動機になりました。当時は,半々ぐらいは手動で,ずっと自分で操作している感覚がありました。今は,プログラムしておけば,ずっとやってくれるものが大半です。中には,実験中に文庫本を読んでいる人がいますが,その時間が本当にもったいないと感じます。加工面がどれだけきれいになっているかを見ながら,脇に待機している中で,研削音がどう変化したか,そして音が大きくなったときは切れなくなるのか,などの直感で加工を理解しないと,大きな発見を見逃してしまうように思います。砥石の表面状態を見るのは,時々きれいに削れることがあるという現象を発見してから注意するようになったのですが,他の分野の実験においても何が起こっているか,その現象を見るのは非常に重要だと思います。私の場合,インターンシップが良い経験になった例で,専門と放電加工は関係ないと思っていましたが,少しやっていたおかげで,その経験がELIDを発明するバックグラウンドになっていたと思います。 <次ページへ続く>
大森 整

大森 整

●大森 整(おおもり・ひとし)先生のご経歴
1991年 東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻,博士課程修了,工学博士
1991年 理化学研究所 入所 素材工学研究室研究員
2001年 理化学研究所 素材工学研究室主任研究員,以後,同 大森素形材工学研究室 主任研究員として現在に至る。
●研究分野
生産工学
●主な活動・受賞歴等
1997年 大河内記念技術賞
1999年 全国発明表彰経団連会長発明賞
2000年 日本機械学会生産加工・工作機械部門業績賞
2003年 文部科学大臣賞(研究功績者)
2003年 市村学術賞貢献賞
2003年 精密工学会蓮沼記念賞

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