【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

偶然もあとから見るとほとんど必然千葉大学教授 尾松 孝茂

エンジニアリングだけではなく,物理の話を盛り込みたい

聞き手:尾松先生の主な研究テーマである「光渦」の研究に至った経緯をお教えください。

尾松:先ほどもお話したように銅蒸気レーザーの研究をしていました。銅蒸気レーザーは緑と黄色の2種類のラインが出ます。私は,銅蒸気レーザーと同じように緑と黄色が同時に出るような固体レーザーがないかと考えました。結晶の誘導ラマン散乱を使うと,その第二高調波が緑と黄色になります。そこで,千葉に移ってからは,誘導ラマン散乱活性の大きなレーザー結晶をずっと探してました。不思議なもので,Macquarie大学のJim Piperも同じ頃に全固体のラマンレーザーを研究しはじめていたのです。そこでMacquarie大学との共同研究が始まり,今でも続いています。
 固体レーザーで緑と黄色を出すだけだと単なるエンジニアリングにすぎない。もう少し物理的な話をやりたいと思っていました。そこで目を付けたのが,「光渦が軌道角運動量を持つ」という論文でした。光渦という,(その当時では)ちょっと変わった空間モードを,レーザー共振器から発振できれば面白いかもなと漠然と考えていました。
 ただ,いきなり光渦がレーザー共振器から発振するわけもなく,そのためにはある程度レーザーの技術を確立しなければならないと高出力レーザーの研究を始めました。ただそこに至るまでにも幾つか紆余曲折がありました。いつも感じることですが,レーザーの高出力化は刹那です。レーザーの論文を見ると,パワースケーリング,発振スペクトル,あとはビーム品質とパルス波形くらい。確かにパワーの記録が出た瞬間はうれしいのですが,ちょっとアライメントしなおすと明日には記録が簡単に塗り替わってしまう。このどこに物理があるんだろうと。それで位相共役波というちょっと変わったことをやっていました。今思えば,物理工学科の刷り込み教育です。物理は時間や空間の反転性とか対称性とかの学問ですから,位相共役波の空間反転性が面白いと思ったのです。
 そうして2007~2008年ごろになってある程度自分たちの中で固体レーザー開発技術が確立したところで,ようやく応用の一つとして光渦と軌道角運量の研究をやろうという話になりました。

 話は前後しますが,1998年か99年ごろにオリンパスから超解像顕微鏡の話が私のところに舞い込んできました。蛍光顕微鏡は,可視域の緑や青いレーザーで試料を励起して,試料からの蛍光信号を検出します。でもそれだと空間分解能は励起する光の波長で制限されてしまいます。そこで別の波長の光,例えば,ちょっと波長の長い黄色のレーザーを消去光として重ねて試料に照射して,試料から出る蛍光信号を抑制すれば空間分解能が向上するわけです。このアイデアはS. HellのSTEDに近いものですが,当時Hellのグループでは,蛍光を抑制する光に光渦を使っていなかった。それならば光渦を使ったらHellのシステムより空間分解能も向上する。全固体ラマンレーザーを使えば,試料を励起するレーザーと蛍光を抑制するレーザーを1台のレーザーで済ませることができるよね,という話になって,今までやってきたことが全部そこでつながってきたのです。
 でも私自身は,光渦の角運動量に興味があって,顕微鏡以外に面白いアイデアはないかなといつも思ってたんです。そして,たどり着いたのがレーザー加工です。

人のネットワークが重要だとあらためて思う

尾松:そこにたどり着くまでにも幾つか紆余曲折がありました。農工大の渡邊敏行先生が最初に光渦に興味を持ってくれて二光子重合をやったのですが,データをまとめないままに終わってしまいました。今思うにもったいないことをしたと思います。というのも最近になって光渦照射の二光子重合の論文がいくつか発表されていますが,当時のわれわれのデータとほとんど同じなのですから。
 その後,北海道大学の森田隆二先生のところでポスドクをしていた浜崎淳一君が千葉にきました。「千葉は北海道の海の外なので,千葉に海外留学に来ました。」とかいう面白い人です(笑)。そんな彼と酒を飲んでいるときに,光渦で何かちょっと加工できるような材料は何かないという話になり,たまたま彼が北大から持ってきていたタンタルを使おうという話になりました。ところが,最初に彼が持ってきた実験結果は,今から見たら何だろうと思うような楕円の加工痕で(笑)。でも彼は加工痕の真ん中に何か堆積物があると主張するんです。確かにちょうど位相特異点の付近にぽっと何かが残っている。よくわからないけれど,これは何か,ひょっとしたら物理があるのではないかと。
 それで,彼が北海道に帰国(笑)した後,光渦の軌道角運動量を変えながらもう少しやってみようということになって光学系を再調整してやってみると,軌道角運動量の大きさで確かに堆積物の構造が変わることがわかりました。その後,実験の条件を詰めながら,できた構造物を走査型電子線顕微鏡でのぞいてみたら,何と螺旋を巻いていたのです。この発見が,今のような光渦の研究につながりました。
 人のネットワークってすごい重要だなとあらためて思いましたね。Macquarie大学との話でラマンレーザーを始めて,オリンパスに勤めていた絡みで超解像顕微鏡の話がきて,光渦を始めて。たまたま大学の後輩だった森田先生のところに,千葉を海外と言った浜崎君の洞察力というか,理屈ではわからない何かを感じ取ったことで今の研究の方針ができているのですよね。
 そうして物質と光渦が相互作用することがわかり,いろいろな可能性が考えられるようになって,光渦と高出力レーザーの研究が完全につながりました。今は,深紫外ぐらいからテラヘルツ領域の光渦を使った新しい発見を期待しています。
 それと再び光重合にも取り組んでいます。これがまたとても面白い。学会で発表すれば驚いてもらえるのではないかなと思っています。
 光渦でできた螺旋の構造は,円偏光二色性を示すので,将来的にはキラリティーセンサーなどに応用できると思っています。キラリティーは物質科学の重要な概念ですが,右手系か左手系かどちらかだけを選択的に濃縮できるかもしれないし,化学反応の制御にも役立つかもしれません。

<次ページへ続く>
尾松 孝茂

尾松 孝茂(おまつ・たかしげ)

1960年 大阪府生まれ 1983年 東京大学 工学部 物理工学科卒 1983年 ㈱オリンパスに入社 1986年 ㈱オリンパスを退社 1986年 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 1992年 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修了 博士(工学) 1992年 千葉大学 画像工学科 助手 2006年~ 千葉大学 融合科学研究科教授 2014年~ 千葉大学 融合科学研究科研究科長
●研究分野
量子エレクトロニクス、非線形光学、応用光学
●主な活動・受賞歴等
2016年 科学技術分野の文部科学大臣表彰 2016年 双葉電子記念財団賞 2013年 応用物理学会フェロー 2016年 The Optical Societyフェロー OSA Director At Large Optics Express,Deputy Editor Scientific Reports,Editor

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