【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

「もしかしたらできるんじゃないかな」と思ってやってみる(後編)東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構機構長 村山 斉

弾んだ会話のなかでアイデアが出て,宝石が混じっている

聞き手:光学宇宙分野,物理分野の活躍を目指す,若い技術者や学生に向けたメッセージをいただけますでしょうか。

村山:基礎研究の人間の立場から言うと,技術の専門家がつくってくれたものを使う立場なので,ぜひ,今までそんなことできるわけないじゃん,と思ったことに挑戦して,「できてしまう」,「やってしまう」という気持ちを持って新しい地平を開いてくれたらなあと思います。そうしたら,すぐ使います。
 例えば,これもエレクトロニクスに関係しますけど,宇宙の始まりを見る観測をするときに,ビッグバンの光が今でもやってくる。それをつかまえるわけです。ごくわずかな光をつかまえなければいけないので,ものすごく感度の良い装置をつくらなければいけないです。しかも,やって来る光の持っているエネルギーをすごい精度で測らなければいけないのです。例えば,宇宙が始まったときに,暗黒物質の重力で銀河や星ができたという話をしましたけれども,暗黒物質も集まるところが決まっていなかったら,どこに集まっていいか分からないです。完全にのっぺらぼうだったら,さすがに集まらなかったわけです。ちょっとむらがあったおかげで,そこにちょっと濃いところがありました。濃いところは重力が強いから周りのものを引っ張ります。もっと濃くなって,もっと重力が強くなって,もっと引っ張ります。どんどん成長して,コントラストがはっきりして,それが星や銀河になるわけです。でも,この最初のむらというのがどのくらいかというと10万分の1です。100メートルの海に1ミリのさざ波があるぐらいしかないわけです。それを遠くから海の海面を観測して,あそこの海は100メートルの海だけど,あそこが1ミリだけ高いよ,1ミリだけ低いよ,と言えるかどうかということです。そういう観測をしなければいけないわけです。そのために,今使われている素子というのは,超電導を使ったトランジション・エッジ・センサーというのが活躍しています。光が1粒入って来ると,エネルギーを持っていますから装置が温まります。超電導体のちょうど臨界温度近くに調節しておいたら,温まると超電導だったものが突然超電導ではなくなって,抵抗が変わります。それは劇的に変わりますから,ほんのちょっとの変化をものすごく拡大して見ることができるのです。そういう素子を使えるようになったから研究が今進んでいるのです。それができなかったら,研究の計画を立てることもできません。だから,技術をつくってくださる皆さんというのは本当にありがたくて,ぜひ今まではできないと思っていたことも,「もしかしたらできるんじゃないかな」と思ってやってみるという,そういうのがありがたいです。多分ご本人にとっても,それができたらすごいうれしいことだと思います。でも多分,上司に「そんなことは金にならん」と言われるのでしょうけど(笑)。
 日本人の損なところで,まじめ過ぎることや恥ずかしがる傾向があります。新しい分野のことを勉強しようと思ったときには,何も知らないわけだから,子どもが言葉を覚えるときと同じで,間違えながら覚える。それでいいわけです。親もしょうがないなあと思いつつも,かわいいから,「それはそうじゃなくて,こういうふうに言うんだよ」と教えて育てていきます。それでいいはずなのに,何か知らないのは恥ずかしい,こんなこと聞けない,と遠慮しちゃって,そこで聞かないで終わっちゃうと,もう生涯,そのことを学ぶ機会を失ってしまうかもしれないのです。だから,むしろ,質問しないほうが恥ずかしいのだという,そういうスタンスのほうがいい気がします。
 世界各国の文化もみんなそれぞれ違うので,それでいいのです。いいのだけど,やっぱり世界共通ルールみたいのがある程度あるので,それに合わせなければいけないところは合わせつつ,自分のいいものは残してという,そういうやり方ができないと,最終的には損すると思います。
 それは,アメリカの学生を見ているとそうです。恥ずかしがらないでどんどん質問するし,極端な言い方をすると,授業を聞いていて分からないのはあなたの説明が悪いからだというぐらいのスタンスです。それはちょっと極端ですけど,こんなことを知らないというのを恥ずかしいのではなくて,そこで分かる努力をしなかった,質問をしなかった,ということを恥ずかしいと思う,と切り替えられれば,もっと会話も進むはずだし,そこでアイデアも出るはずだし,そのアイデアの中にはたまには宝石が混じっているわけです。
村山 斉

村山 斉(むらやま ひとし)

1964年 東京都八王子市生まれ 1986年 東京大学理学部物理学科卒業 1991年 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了 1991年 東北大学助手 1993年 ローレンス・バークレー国立研究所研究員 1995年 カリフォルニア大学バークレー校助教 1998年 カリフォルニア大学バークレー校准教授 2000年 カリフォルニア大学バークレー校教授 2004年 カリフォルニア大学バークレー校MacAdams 冠教授:現職 2007年 東京大学数物連携宇宙研究機構初代機構長(現カブリ数物連携宇宙研究機構):現職
●研究分野
素粒子物理学
●主な活動・受賞歴等
2002年 西宮湯川記念賞受賞
2003年 米国物理学会フェロー
2013年~米国芸術科学アカデミー会員

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