【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

基礎を把握し,試験をきっちりやり 不具合を完璧に解決すれば,必ずうまくいく宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 所長 常田 佐久

NASAやESAと密に協力できる体制を作らないといけない

聞き手:JAXAの目指しているところをお聞かせいただけますでしょうか。

常田:「はやぶさ2」が順調に飛行していますし,これからX線天文衛星「ASTRO-H」などの科学衛星が次々と打ち上げられ,宇宙科学研究所の活動はたいへん活発です。これらの衛星が打ち上がると,大きな科学的成果が期待できます。しかし,これらの衛星や探査機というのは,大体10年前に構想されたものです。「はやぶさ2」とか「ASTRO-H」が素晴らしいのは,10年前の宇宙研の活動の成果であると認識していた方が安全です。今問われているのは,2020年代に何をやるかです。今2015年ですけど,これから10年先,大体2020年代中途から2030年代半ばまでにやることを,この数年で決めていかないといけないわけで,非常に重要な時期に入っているのです。
 世界には3つの大きい宇宙機関があります。NASA,それからESAと呼ばれる欧州宇宙機関,そして日本のJAXAです。科学衛星や探査機の開発を行っている宇宙科学研究所は,JAXAの一部門に当たります。JAXAはNASAやESAに比べると,予算的にはだいぶん小ぶりです。JAXAの科学予算は,ESAの4分の1から5分の1で,米国NASAからみたら数十分の1と言われています。予算的に厳しい状況ですけど,これまですぐれた学術成果を出しており,費用対効果は著しく高いと思います。このため,JAXAは,NASA,ESAと並んで,宇宙科学研究の世界の3局の一つと見られています。しかし,中国・インドが力をつけて来ており,うかうかしているわけには行きません。一方,これからの宇宙科学は,国際協力をさらに発展させていく必要があります。国際協力は,人,技術,予算を持ち寄ってベストの観測装置を開発するため,最高の性能の装置を実現できます。NASAとESAは,打ち上げロケット,衛星バス,搭載観測機器で,双方向の協力が非常に密にできていますが,日本は欧米の超大型計画にまだそこに充分入り込めていない面があります。
 宇宙の国際協力では,最終責任を負うリードエージェンシー(メジャーパートナー)を決めます。それに協力する機関は,マイナーパートナーとなります。宇宙からの天文学は,1千億円から数千億円の費用をかける大望遠鏡の時代に突入しており,日本だけでそれを全部作るとか,日本が主導でこれからの天文学のフラッグシップミッションを作っていこうというのは,ちょっと距離があります。やらなきゃいけないのは,米国とかヨーロッパのミッションに,わが国ならではの技術を提供する状況を作ることです。その場合,われわれはマイナーパートナーであり,メジャーパートナーは相手機関なのです。JAXA宇宙科学研究所がメジャーパートナーとなる分野と,マイナーパートナーになる分野をしゅん別していく必要があります。「はやぶさ」や「はやぶさ2」は,国際的に高く評価されており,惑星科学における我が国のリーダーシップは維持発展すべきです。「はやぶさ」は日本主導でやるから自分が主役なのです。自分が主役ではないときに,どう本質的な貢献するかという基本動作を確立していく必要がありますね。
 この課題を乗り越えれば,2030年代の活躍につながっていきます。2030年代には,現在NASAが開発中の大型望遠鏡James Webb Space Telescope(JWST)の後継機が米国から出てくるはずですが,そこで,日本は主要なパートナーの中にちゃんと入っているはずです。スペースステーションでJAXAは大活躍しており,NASAの欠くべからずパートナーとなっています。宇宙科学で,それができないわけはありません。
 この流れの中で,次世代赤外線天文衛星「SPICA」の検討が,日欧共同で急ピッチで進んでいます。ESAが持つ赤外線天文台ハーシェルの望遠鏡技術と,日本の極低温冷却技術を組み合わせて,2027~2028年頃に,口径2.5メートル,温度6Kの極低温赤外線望遠鏡をJAXAの新型基幹ロケットH3で打ち上げる計画です。この大口径極低温望遠鏡は,50~210ミクロンの赤外線波長で従来の望遠鏡より二けた感度が高く,宇宙の進化について新しい知見をもたらすものと期待されています。観測装置は2つで,1つは日本,もう1つはヨーロッパで開発します。アメリカにも入ってもらおうとして勧誘をしています。準備が整えば,SPICA計画を始動させたいと政府にお願いする段階になります。先ほどお話した,日本が国際的な真の仲間になっていくことが大事であり,SPICA計画は,ホップステップでいうとジャンプに当たる部分であり,2030年代を志向した我が国の宇宙科学の将来計画にとって非常に大事なマイルストーンです。
 SPICAは,遠赤外線で宇宙の比較的低温のものを観測するので,21世紀のサイエンスの課題,惑星系の形成とそこでの生命の起源の解明にも貢献するミッションです。SPICAに加えて,JAXA宇宙研は,2019年に月着陸を目指しています。これは技術実証衛星ですので,その後,火星本体の着陸探査とか,彗星や小惑星に着陸してサンプルを持って帰るミッションとかにつなげていく布石となるミッションです。
 現在,系外惑星の探査が,ものすごく大事になってきています。空にある星の3つに1個は惑星を持っており,もしかしたらほとんどすべての星は惑星を持っているかもしれない。さらにハビタブルゾーンという,水が蒸発しないし凍らない,ちょうどいい温度になるところにある惑星も発見されている,しかも地球型惑星と言って,岩石よりできたガス成分でない惑星というのも,もう数十見つかっています。そういう惑星を発見し研究していくには,コロナグラフを搭載した宇宙望遠鏡が重要な役割を果たします。コロナグラフとは,中心星からの明るい光を遮り,その周りを周回する惑星からの微弱な光を検出する光学観測装置で,より小さい,より中心星に近い惑星を検出できるようにするため,各国が開発にしのぎを削っています。しかし,まだ,衛星に搭載されたコロナグラフはありません。すばる望遠鏡のコロナグラフは,偏光を巧みに使って非常に良い成果が出ているので,そういうものを天文台と協力して打ち上げるとか外国に供給できないかというのが,課題の一つです。
 惑星からの光を分光して二酸化炭素やオゾンの有無が観測でき,生命が存在できる環境があるかどうかが,2020年代に明らかになっていくと思われます。これには,宇宙望遠鏡に搭載されたコロナグラフが決定的に重要な働きをします。日本の光学技術を結集して宇宙への進出をしないといけない。結局,それは,生命の起源という21世紀の科学の大問題に直結するからです。その大問題を追及する別のやり方が,惑星探査です。「はやぶさ2」などで,太陽系内で有機物を探したり,水を探したりする研究は,天文学による系外惑星の研究と表裏一体です。宇宙研は,惑星科学と天文学の両方の研究部門を持っており,惑星探査と宇宙からの天文学という2つのアプローチにより,生命の起源に迫ることが出来るユニークなポジションにいます。実際,火星の衛星フォボス・ダイモスのサンプルを取って地球に帰還し,同位体分析などの手法によりその起源を探るというサンプルリターンミッションも計画されています。それにより,究極課題である生命の起源に迫ることと,天文学的にコロナグラフによる系外惑星大気と惑星表面の状態をリモートセンシング的に把握するということは,必ず学問的に交差します。手法的には全然違いますけど。これから大いに発展していく2つの可能性が,今われわれの手元にあると思っています。 <次ページへ続く>
常田 佐久(つねた・さく)

常田 佐久(つねた・さく)

1954年 東京都生まれ 1978年 東京大学理学部天文学科卒業 1983年 東京大学大学院理学系研究科天文学専門課程博士課程修了 1983年 日本学術振興会研究員 1986年 東京大学 助手 1992年 東京大学 助教授 1996年 国立天文台 教授 2013年 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所長
●研究分野 天文学
●主な活動・受賞歴等
1995年 第12回井上学術賞受賞
2010年 第14回林忠四郎賞受賞

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