【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

基礎を把握し,試験をきっちりやり 不具合を完璧に解決すれば,必ずうまくいく宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 所長 常田 佐久

悪いニュースを持って来た人ほど褒めたたえる

常田:それから,苦悩をどう克服したかということについては,不具合はどうしても出てきます。不具合への対応を「まあこれぐらいでいいだろう」と妥協するのでなく,徹底して究明します。そして,必ず,直接かかわっている人たちだけでなく,もう少し広い範囲のチームメンバーに,「私どもに,こういう不具合があって,それをこう解決しました。解決したという試験データはこうです。」と,オープンな姿勢で,少し広い範囲で把握してもらい進めていくわけです。基礎の物理を把握し,試験をきっちりやり,不具合が起きたら完璧に解決するようにすれば,どの飛翔実験も必ずうまくいきます。今まで,開発がうまくいかないとか,試験で大きなトラブルになったり,納期が延びたりお金が余計にかかったりするのは,これらのどこかがやれていないためであると思います。軌道上で不具合を起こしたり,開発が途中でとん挫したり,というのはたまにあるわけです。私は,そういう目にあわなかった幸運な面もあるのですが,そういう不具合が起きたという原因をたどっていくと,何か部品が壊れましたとか確率的事象とかいうことではなくて,組織体制の問題や,場合によっては人間関係に帰着する場合があるのではと思っています。例えば,Aの人とBの人が本当は密接に連絡してやらなくてはいけなかった設計や試験作業で,何か関係が悪くて,コミュニケーションができないことが関係していたとか,Aの組織とBの組織がうまく連携できていないとか,そういうことに起因することがあるのではと思っています。プロジェクトをマネジメントする人は,そういうことがないように目配りするのが大事です。
 試験をやっていると,もうこの世の終わりみたいな大きな不具合が起きることがあります。それを一歩一歩ひも解いて解決していく。いろいろなプロジェクトでプロジェクトリーダーをしていたのですけど,いいニュースは若い人に広めてもらい,悪いニュースは自分から報告するようにしています。それから悪いニュースを持って来た人ほど褒めたたえています。「先生,ここがおかしいです,どうしましょう」と,真っ青になって若い人が飛んで来るわけですね。そうすると怒られると思っている人もいるかもしれないのだけど,「ああ,よかった,よかった,打ち上げ前に分かったので,不具合が分かった喜びをまずみんなでかみしめましょう。あとは直せばいいんだ。」というところからスタートするわけです。だから,飛んだものは今までパーフェクトにできています。もちろん1人でやれることは少ないので,10人,100人規模のチームになる中で,このことを全体で徹底するのは,なかなかできないけれど,少なくとも自分の周辺とか,自分のプロジェクトはこの指導原理でやっておりました。
 だからメーカーの方とも,必然的にディープなやりとりをし,突き詰めた検討をしなければいけないので,最終的にいい関係を築いています。プロジェクトをやったメーカーの人達とは,その後,末永くお付き合いしており,いろんなときに助けてもらったりというのがありますね。人間関係というのは,人が2人以上集まれば必ずできるし,いい関係もあれば微妙な関係もあるわけです。それを否定するのではなくて,上にいる人が様子を見て,そこを考慮した動きをすると良いと思います。飛翔体プロジェクトのリーダーというのは,細かいことから大きいことまで,小企業の社長さんみたいなものです。朝起きたら,庭の掃除から始めるように,クリーンルームの掃除も自分でやってみないと,どう汚れているか分からないのですよ。どこが汚れていると何が起きるかという事も分かってくることもありますから。だから,徹底した現場主義になります。
 われわれのプロジェクトの場合は,紙の上でやる概念検討が決定的に大事です。新しいことを見つけよう,課題を解明しようという科学目的にドライブされていますから,こういう新しい装置を作るとどういう成果が得られるかを見通して,ハードウエアの検討を行うわけです。その中から抽出された未熟な技術,試作しなければならない技術を見極めて,開発に入るわけです。全システムを作るお金も時間もないですから,本当に大事な選択になります。課題抽出をして,それできっちりデータを取って確認してから,今度はもう少し大きい全体システムに近いもの,試作モデルいわゆるプロトモデルを作って,性能の全貌を把握します。そして,フライトモデルに近づけていくわけです。
 「ひので」の場合は,これらの手順を踏むお金がなかったので,試作モデル=フライトモデルとしました。だから試作モデルを作ったら,それを丁寧に扱って,そのまま飛ばしたのです。主担当メーカーであった三菱電機通信機製作所にはすぐれたリーダーがいて,考え方に相通じるものがあり,お互い徹底してやりましょうとなりました。彼が,部下のエンジニアに「ファインマン物理学」を読むように指導していのを見て感動しました。「ファインマン物理学」は,私の座右の書のひとつでもあります。また,その周りにあって,基幹技術や製品を供給した小さな企業の努力も忘れることができません。「ひので」の心臓部にコリメーターユニットと波面補正レンズユニットという2つの光学部品がありますが,われわれの厳しい光学仕様を満たす設計解を得たのは,三鷹市にある小さな光学メーカーでした。われわれと,大企業,それを取り囲む中小の企業の努力が実って,素晴らしい望遠鏡が実現できました。いろいろな制約もありますが,ぜひこの精神を,次の世代に引き継ぎたいものです。 <次ページへ続く>
常田 佐久(つねた・さく)

常田 佐久(つねた・さく)

1954年 東京都生まれ 1978年 東京大学理学部天文学科卒業 1983年 東京大学大学院理学系研究科天文学専門課程博士課程修了 1983年 日本学術振興会研究員 1986年 東京大学 助手 1992年 東京大学 助教授 1996年 国立天文台 教授 2013年 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所長
●研究分野 天文学
●主な活動・受賞歴等
1995年 第12回井上学術賞受賞
2010年 第14回林忠四郎賞受賞

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