【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

辛辣な人との出会いや自分の失敗が自分の潜在能力を引き出してくれるニューヨーク州立ストーニーブルック大学客員教授(放射線医学) 谷岡 健吉

セレンディピティの力を高めることが研究者にとって大事

聞き手:これから光学,映像分野において活躍を目指す若手研究者・技術者,学生に向けて,谷岡先生の考えるメッセージをお願いします。

谷岡:若手の部下や学生などにずっと話してきたことですが,私は研究で大事なのはセレンディピティだと思っています。辞書には,当てにしなかったものを偶然に見いだす才能,掘り出し上手とか書かれています。昔はその言葉を知らなくて,日立の副所長をされていた方から,「あなたのやったことはセレンディピティだから,そのことを書いてください」と言われて,セレンをやっているから,セレンディピティと言うのかなと(笑)。結局これを研究に当てはめると,何の変哲もないように見える現象から,そこの中に潜んでいる価値のある宝を見いだすということだと思います。だから,このセレンディピティの力を高めることが,私は非常に研究者には大事だと思っています。
 そのためにいろいろな手法がありますが,まず対象とするものに執念と愛情がないといけません。仕事で単にやらされていると考えて淡々としていてはいけないと思います。それから,自ら手を汚して実験に取り組むこと。論文を読むことは知識を広める上でもすごく大事ですけれども,論文はうのみにせずに自分自身の目で確認して,納得しておくことです。それから,問題意識を持つということはよく言われますけれども,無意識に問題意識を持つというのか,あることに対して自分が意識しなくても敏感になるということが大事です。そのためには,先ほど申しました,執念と愛情がないと,つまり本当に研究対象にほれ込まないと,そういう無意識の問題意識は出てこないと思います。
 それから,今の若い方は非常に素直ですけれど,反骨精神,打たれ強さもないといけません。上司から駄目だと言われたら,そこでおしまいになってしまいます。私はへそ曲がりでしょうか,駄目と言われたり,圧力をかけられたりするとファイトが出てきます。ただ私の若いころのNHK技研の組織は,駄目と言いながらもunder the tableを認めてくれ,そこでこんなことができると言ったら,人も金も付けてくれるという懐深さがありました。だから,私は幸せだったと思います。また研究者は学会などの風向きを見て研究動向にうまく乗るのではなくて,自ら新しい流れを作り出そうとする姿勢,これがすごく大事だと思います。自分は何が一番強いかということを考えて,それをやった方がいいと思います。
 こういうことを言うとよく笑われますが,研究はオリンピックよりも厳しいですよ,金メダルだけしか評価されません。銀,銅では駄目です。だから,自分がどの分野で強く戦えるか,自分が一番力を発揮できるのは何かということを常に考えておくことですね。人生では、さまざまな人とのめぐり会いがあります。やさしい人,辛辣な人,苦手な人,いろいろです。また成功よりも失敗を多く経験します。そのような周囲の存在や,失敗を含めての経験などのすべてが,結果的には自分の意識を高め,自己に潜む能力を引き出してくれるような心の持ち方が大事だと思っています。
 人生は不思議で,また,面白いものだと思っています。小さいころに開業医だった父親が急死し,母子家庭となったため工業高校に進み,放送技術の仕事を選びましたが,その結果,思ってもみなかった超高感度HARP撮像管を発明することになりました。さらに先にお話ししたように米国の大学の医学部でこのHARP技術が研究に活用されています。私は,もし父親の早世がなければ後を継がされていたかもしれません。しかし,そうはならなかったゆえに,興味ある技術研究の仕事に就くことができ,また医学の分野にも貢献できています。このことから、若いころ進学の道を絶たれて大変不幸と思い込んでいたことが,いつの間にか逆の結果となる人生の不思議さを感じています。
谷岡 健吉(たにおか・けんきち)

谷岡 健吉(たにおか・けんきち)

1948年 高知県高知市生まれ 1966年 高知県立高知工業高校電気科卒業 1966年 NHK高知放送局入局 1976年 NHK放送技術研究所に異動 1989年 同研究所 映像デバイス研究部主任研究員 1994年 博士(工学)(東北大学) 1995年 イメージデバイス研究部 副部長 1997年 撮像デバイス 主任研究員 2000年 撮像デバイス部長 2004年 放送デバイス 部長(局長級) 2006年 放送技術研究所 所長(理事待遇) 2008年 定年退職 2008年~2015年 高知工科大学客員教授 2011年~東京電機大学客員教授(工学部) 2015年 ニューヨーク州立ストーニーブルック大学客員教授(放射線医学)
●主な活動・受賞歴等
1982年 鈴木記念賞「Se系光導電形撮像管のハイライト残像とその改善」 1983年 放送文化基金賞「高性能カメラの開発」 1990年 放送文化基金賞「高感度・高画質HARP撮像管の開発」 1991年 市村学術賞 功績賞「超高感度・高画質撮像管の開発と実用化」 1991年 丹羽高柳賞 論文賞「アバランシェ増倍 a-Se光導電膜を用いた高感度 HARP撮像管」 1991年 SMPTE Journal Award 「High Sensitivity HDTV Camera Tubewith a HARP Target」 1993年 高柳記念奨励賞「ハイビジョン用高感度HARP撮像管の開発」 1994年 大河内記念技術賞「アバランシェ増倍型高感度撮像管の開発」 1996年 全国発明表彰 恩賜発明賞「超高感度撮像管の開発」 2002年 放送文化基金賞「超高感度ハイビジョン新Super-HARPハンディカメラの開発」 2008年 文部科学大臣表彰 科学技術賞「微小血管造影法の研究」 2008年 産学官連携功労者表彰 日本学術会議会長賞「リアルタイム3次元顕微撮像システムの開発及び細胞内分子動態リアルタイム可視化研究」 2012年 前島密賞 2012年 丹羽高柳賞 功績賞「アバランシェ動作方式超高感度高画質撮像デバイスの研究開発」

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