【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

「緊急ではないが将来に重要となることを研究する」中央研究所浜松ホトニクス 常務取締役 中央研究所長 原 勉

茶の湯の教え「守破離」が運営の指針

聞き手:研究所長代理から,研究所長になられますと,個々の研究ではなく研究所自体の運営方針,あるいは会社の経営に近づく部分があるかと思いますが,その際に忘れないようにしていることがありましたらお聞かせください。

:所長代理になる時には,当時の鈴木義二所長から茶の湯の教えの「守破離」が大事だと教わりました。師匠のやり方をまず守って,破って,最後は離れるという教えです。
 代理の時は「守り」が中心だったと思いますが,鈴木のあとを受けて所長に就任した時に,ぼちぼち「破る」でいこうかなと思いまして,鈴木のやり方のいいところはいっぱいありますので,それは引き継いでいきつつ,変えたいところは少しずつ変えていくということにしました。
 1年ぐらい前から,「離れる」の境地かなと思い,若手の新しいテーマを立ち上げたり,今までやっていた研究室のテーマを切り替えることを意識して行うようにしています。
中央研究所

中央研究所

 鈴木は80歳まで現役でしたが,本当にタフだったと思います。これもよく笑い話で若い連中に言うのですが,この研究所ができたばかりのころ,鈴木はお客さんと一緒に接待に行くわけです。私もたまには一緒に連れて行ってもらって。そうすると,やっぱりいい料理がありますよね。いつもこんなのを食べていていいなと思いましたが,自分がその立場になると大変だと実感しました。
 命日にはお参りに行っていますが,このあいだ奥さまにも「あのころいいなと思っていましたが,自分がそういう立場になるととんでもなく大変だと,今日は謝りに来ました」と言いました。1度でも「いいな」と思っていたことを謝っておきたかったのです。

聞き手:研究や事業の切り替えの判断を設けているとのことですが,見極めのポイントなどはどのようになさっているのでしょうか?

:やはりそれはものすごく難しいです。弊社では,それがいいか悪いかは別として,基本的に1つのテーマを長くやります。1つのテーマを10年くらいは行うことが多いです。
 ただ,やはり10年は長いです。そして,いきなり10年の目標は立てられませんから,例えば1年後は論文を出すとか特許を出すというものが必要になると思います。1,2年経過しても目標が見えてこないと,若い人が疲労しますから,そういう時には,テーマを変えることも考えます。
 最近でも2,3完全にテーマを変えたものもありますし,逆に新しいテーマでスタートしたものもあります。実は昨年の春ですが,社長(現社長の晝馬明)にも相談して若い人によるテーマを立ち上げることにしました。私たちが若かったころはあまり上が居ませんでした。でも今の,例えば40歳未満の研究者ですと,上の管理職の層が厚くなり,少し自主的にやりにくいのではないかと。それで,40歳未満の研究者に10年後,20年後を見据えたようなテーマを提案するように募集をしました。
 中央研究所には社員が170名いて,研究者が130名ぐらい,そのうちの約60人が40歳未満です。急な話でしたから10人ぐらいから提案が出てくればいいかなと思ったら,30件も出てきました。これは,ものすごくうれしかったですね。その企画を研究主幹と企画営業の人も入ってもらい,おもしろそうなのを選びました。選ぶ前にはグループ分けをして,提案者たちとブレインストーミングを行いました。そうして2つのテーマを選び,予算を付けてスタートしています。メンバーはいろいろな研究室に所属していますので,若い研究者たちも研究室の壁が非常に低くなったと喜んでいます。
 今回スタートしたのは2件でしたが,若い人から「次の募集はいつですか」とよく聞かれ,非常にうれしいです。
 モチベーションも上がったように感じています。浜松地域に国際科学イノベーション拠点(静岡大学,浜松医科大学,光産業創成大学院大学,浜松ホトニクスが参画)というのができましたので,そこのテーマとしてこの2つを入れることにしています。これは社長の夢でもある「浜松を光の尖端都市に」ということの,1つの試行です。キックオフミーティングには,社長も参加してくださいました。本当に今の社長も気さくで,若い連中とも一生懸命話してくれる人情家です。
 今の社長は就任早々から月に1回は中央研究所に来てくれることになっているのですが,「和の心は大事にしてくれ」と話してくれました。これはすごいと思います。
 20年以上前ですが,社長(現会長)と鈴木とで飲んでいた時に,いきなり社長が「原くん,おれの自慢できることは何かわかるか」と聞くのです。会社を大きくしたことかなと思いましたが,へたなこと言うとまた怒られるものですから黙っていました。すると「おれはまだ1度もリストラをしたことがない」と言われたのです。その時に本当にいい会社入ったなと思いました。経営者がそれを自慢できるのは,すごいと思いましたから。
 私も「和を大切にする」ことで,若手たちとなるべく話し,コミュニケーションをとるようにしています。ですから飲み会などに誘われれば,予定が空いてれば必ず行くようにしています。その時に,こちらからはなるべく仕事の話を振らないようにしています。

聞き手:現在の中央研究所での研究方針についてお教えください。

:「緊急ではないが将来に重要となることをやる」のが中央研究所だと現社長から言われています。中央研究所には2つの使命があると考えています。1つは企業の中央研究所ですから,企業の発展や技術に寄与しなければいけません。それも直接的な寄与と間接的な寄与があります。直接的な寄与は,実際に中央研究所で研究,開発したものを開発本部なり事業部に移管して利益を出すことです。間接的な寄与ですが,中央研究所の研究者は,事業部の技術者や研究者に比べて時間を自由に使えます。ですから,これは私の希望,思い込みが入っていますが,自宅に帰っても自分なりに勉強をしているはずです。そうして身に付けた知識や技術で,事業部で何か必要な時には,行って力になることです。実際に最近そういうことが増えてきています。あまり,目立たないですがこれも重要な役割です。 59_7  もう1つ大きな使命は中央研究所という名前が示す通り,世界中の一流の大学や研究所,そういうところと肩を並べられるような研究をしようということです。そのためには特許の出願が前提ですが,有名なジャーナルに論文を書こうということを進めています。
 最近ですが,中央研究所の研究を,何か1つの旗頭にまとめたいと考えました。そして中央研究所の研究テーマを包含する言葉として「ライフホトニクス( Life Photonics)」というキーワードが思い浮かびました。巷で言われているライフサイエンスなどの場合の“ライフ”は,医療,生命科学やバイオ関連に特定された概念として使われています。しかし,「ライフ (Life)」という言葉は本来,「生命,命」から「生き物」,「人生」,「活動」,「活力源」,さらには「生活,生き方」というように非常に幅の広い意味を持っているはずです。光技術によって満たされる「ライフ」の実現は,中央研究所の全テーマに共通するものと思いますし,その困難さゆえに「新しい知識の獲得」を貪欲に求めずしてには実現しないという意味で,これから「ライフホトニクス」を高く掲げていきたいと思っています。日頃の地道なライフホトニクスの研究(現在のテーマである,「光情報処理・計測」,「光材料」,「光バイオ」,「健康・医療」)を続けることで,持続可能な社会の構築に貢献できればと思っております。 <次ページへ続く>
原勉(はら・つとむ)

原勉(はら・つとむ)

1952年静岡県浜松市出身 1974年金沢大学工学部電気工学科卒業 1976年金沢大学大学院工学研究科電気工学専攻修了 1976年テスコ株式会社入社研究部技術管理課(特許管理業務に従事) 1979年テスコ株式会社退社 1979年浜松ホトニクス株式会社入社(空間光変調器、光学結晶・光学薄膜、光情報処理、光計測の研究開発に従事) 1990年中央研究所発足/中央研究所第4研究室室長代理 1991年工学博士(金沢大学) 1993年中央研究所第4研究室長 2005年静岡大学客員教授(現任) 2006年中央研究所所長代理 2009年取締役就任 2010年中央研究所長(現任) 2011年~浜松電子工学奨励会理事(現任) 2011年~浜松テクノポリス推進機構理事(現任) 2011年次世代レーザープロセッシング技術研究組合監事(現任) 2011年日本学術振興会179委員会副委員長(現任)2012年常務取締役就任(現任)
現在、常務取締役,中央研究所長
●主な受賞歴等
2012年高柳記念賞

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