【重要】O plus E 隔月刊化と価格改定のお知らせ

自分1人で解決ができないならみんなを集めてみると解ける(株)ニコン 顧問 諏訪 恭一

事業での一番の苦労は“幾らで売るか”

聞き手:先程,開発分野ではない部署が嫌だったというお話でした。営業も担当されていましたが,その時にはどのようなご苦労がございましたか?

諏訪:異動後の営業は,営業の皆さんと同じように動いたのでそんなに大変ではありませんでした。それよりも液晶事業部長として事業を預かった時の方が大変でしたね。
 一般論として,営業はお客さんの立場をよく知り,深く入れば入るほど,お客さんを喜ばせるために,厳しい交渉があると価格を下げる傾向があります。一方で会社としても販売をしたいわけですから極論すると営業は価格を下げてでも売りたいわけです。こうなると売っても利益が出ません。私は営業に価格権限がかなりの部分を委譲されていた時代を,身を以て経験した次第です。
 今の日本では私が経験したような営業はいなくなっている気がします。大きな商品は企業のトップやNO.2が交渉して売っています。 remark55_3  事業の苦労は「どうやって利益出すか」です。京セラの稲盛さんが著書の中で「価格は経営が決める」と書かれています。営業が価格を決めるのを止めて,経営者が前線まで出るなど手段はともかく,会社の最高意思が価格だから経営者自ら決めなさいということです。事業を受け持つと,この価格で売らないと会社がおかしくなると腹をくくらないと,最終価格は決まらないです。だから,技術屋としてではなく,事業を担っていく一番の苦労は,幾らで売るか,そして幾らだったらお売りできないで断るかを見極めることですね。売れない恐怖はものすごいものがありますけど,ここで売ってしまうと,さらに値下がりするなら売るのをあきらめないといけないこともありますし,実際にありました。
 少し論理的に言うと,原価プラス幾らというのは伝統的な価格決定ですが,最近は価値があるかどうかで購買が決定されています。要は欲しければ買うけど,要らないなら買わない。それだけです。つまりタイミングがカギで,お客様が欲しい時に提供できるかとか,売れ残る可能性があると,早めに他の会社に転売するかなど,いろいろ次の手を打ち,どうやったら差別化をできるかを必死に考えることが重要です。そういった意味では大阪の水に親しんだのは,いい経験でした(笑)。<次ページへ続く>
諏訪恭一(すわ・きょういち)

諏訪恭一(すわ・きょういち)

1948年北海道生まれ 1971年北海道大学卒業 1973年大阪大学大学院修了 1973年株式会社ニコン入社 1977年精密機械事業(略)に異動 1991年アメリカニコン研究所創設 副社長 1996年第2光学設計部 GM 1999年精機カンパニー営業本部長補佐 2001年執行役員(半導体露光装置営業本部長)(2003年から2005年まで液晶露光事業部長) 2004年取締役兼執行役員 2005年専務取締役兼上席執行役員コアテクノロジーセンター長 兼ガラス事業管掌(2012年まで)2007年取締役兼専務執行役員 2012年顧問
●主な受賞歴等:1983年大河内記念技術賞受賞

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