【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

自分1人で解決ができないならみんなを集めてみると解ける(株)ニコン 顧問 諏訪 恭一

苦しくともテーマがある幸せはテーマが自分に無い不幸より幸せ

聞き手:研究プロセスで求められた成果が出ないなど,自信をなくされた経験がございましたらお聞かせください。

諏訪:一番大きかったのは,望まない部署に配属されたことかな(笑)。入社当初から4年間は,コンピューターのおもりとソフトウェアを制作する部門に配属されました。どうにも仕事に馴染めず,会社を辞めようと思ったこともありました。ほかの人は入社から割と満足したラインに進めたと思うのですが,私は5年目にようやく異動できました。異動直後は嬉しくて,嬉しくて。私はどうしても“ものづくり”をしたかったので,現場ではどのよう具体的にものを製造しているのかを知るために定時で仕事が終わった後に,現場に出向き残業している人たちに作業の進め方や理屈を毎晩聞きに行きました。また,もともと興味があった光学の結像理論などを,コツコツ1人で研究もしました。そうこうしていた時に,現場でレンズの製作が上手くいかないトラブルがあり,少し見てきなさい,と言われたのです。その問題は無事に解決をできたので「諏訪は使えそうだね」といろいろなことを任せられるようになりました。
 ですから,研究開発プロセスで求められた成果が出ないというのは,それでも恵まれていると思います。苦しくともテーマがある幸せは,テーマが自分に無い不幸より幸せです。当然,試行錯誤は苦しいのですが。 remark55_2  ニコンのステッパーの開発で,初期に,投影レンズが全然できないことがありました。そこで現場でレンズの製作をしているベテランの職人さんに制作方法を尋ねると,精度が必要な露光機用のレンズも,カメラのレンズと工程はほとんど変わりない手順で作っている。精度が欲しい時には丁寧にレンズ製造を行うと良い。という現場の人たちの常識を真っ向から疑いました。結局新しい工作機械と計測機を外部に制作してもらうことで高い精度の露光機用レンズが作成可能になりました。それで大河内記念技術賞の受賞メンバーに入れていただいたと思います。
 物事に於いて成果が出ないというのは,原理的に不可能なのか,それともやり方が間違っているからそれは出来ないのか,を区別しないといけないと思います。
 ニコンに入社5年目から3年間指導していただいた上司には今でも感謝しています。とにかく実験重視でして,数学的でも原理的でも美しいものや理にかなった正統的なものが必ず成功するはずだ,そうなるまで何回も何回もデータをとり直してこいと言われました。文句を言おうものなら「嫌だったら辞めていい」と殆ど脅しに近い言葉が返ってきましたが,よく指導していただきました。そのおかげで製品の企画開発での重要な答えの出し方を学びました。鍵となる要素があるなら,それを実験で導き出すまでしつこく行うという感じです。
 私は次なようなことを考えています。
 技術的な問題は,きちんとした目標を定めて,もしも自分1人で解決ができないならみんなを集めてみると解ける。特にオプティクスには設計,加工から計測まで複雑に要素がからんでいますから異なる専門家の協業が必須です。という内容です。

聞き手:露光装置のレンズ開口数(NA)を大きくする際にもいろいろ試行錯誤をなさったとお聞きしていますが。

諏訪:そうですね。1980年代の終わりごろの露光装置は,NA0.6ぐらいまでしか大きくできないという変な常識がありました。お客さんは大きなNAを欲しがっていましたから,どうにかして大きくしようと思いました。正直なところNAを大きく拡大できなければこの事業は終わると思っていましたから,必死で突破しようと知恵を出し合いました。これが上手くいかなかったら,電子ビーム露光装置に切り替えなければならない。そうなるともっともっとお金はかかるし,せっかく何十年と培ってきた光学技術を全部捨てることになります。それは耐え難かったのです。
 大きなNAを実現するためには,何が問題なのかを知るために,問題点を1日かけて話し合う“大会”を開きました。ターゲットを明快にした大会では,「出来ない」と思っていたことが「ここは出来るけど,そこが出来ない」「そこはこの技術でできるかもしれない」という感じで,ネガティブな意見からどんどんポジティブな意見が出て来ます。何か分からないことがあると,十数名とか20名ぐらいの大会を開いて,誰かのほんの小さな発案の言葉をきっかけとして突破することもありました。

聞き手:20名の意見をまとめるのは大変だと思いますが。

諏訪:まとめません。意見をひたすら書きだしてゆくだけです。言葉が空間的に飛び交うと,だんだん発散してしまうので黒板に書いてゆきます。頭のいい人は,一度話すと,周りの皆さんは当然理解をできたと自ら納得してそれ以上は言わずに黙りますから,それを聞き逃さないよう書き出して行きます。
 NAを大きくするためにどうしたらいいのかいろいろと話し合ってみると,蒸着ができないのが原因だと分かりました。そこで蒸着装置を新しく制作して,NAをはじめは0.68に出来ました。その後0.75 ,0.85と大きくなり,最後は0.92が限界だったのが,顕微鏡などで使われる液浸の技術を用いて1.35まで大きくなりました。顕微鏡で創造された技術を露光機に転用したわけです。96年に液浸露光装置の液浸光学系の特許を申請しました。同じ96年には液浸露光装置の自動焦点機構の特許も申請していますが,どちらの特許も今でも使われています。<次ページへ続く>
諏訪恭一(すわ・きょういち)

諏訪恭一(すわ・きょういち)

1948年北海道生まれ 1971年北海道大学卒業 1973年大阪大学大学院修了 1973年株式会社ニコン入社 1977年精密機械事業(略)に異動 1991年アメリカニコン研究所創設 副社長 1996年第2光学設計部 GM 1999年精機カンパニー営業本部長補佐 2001年執行役員(半導体露光装置営業本部長)(2003年から2005年まで液晶露光事業部長) 2004年取締役兼執行役員 2005年専務取締役兼上席執行役員コアテクノロジーセンター長 兼ガラス事業管掌(2012年まで)2007年取締役兼専務執行役員 2012年顧問
●主な受賞歴等:1983年大河内記念技術賞受賞

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