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科学の面白さと光触媒の効用を伝導東京理科大学 学長 藤嶋 昭

問題の原因を徹底的に考え抜くこと

聞き手:藤嶋学長ご自身でいえば,昨年2012年は9月に米トムソン・ロイター社より「トムソン・ロイター引用栄誉賞」を受賞され,同月にはイタリア・トリノ大学より名誉博士の称号を授与されています。

藤嶋:中でもトリノ大学は,私が最も尊敬する研究者の1人,物理学者・化学者のAmedeo Avogadro博士が教授を務めていた大学であり,その大学から名誉博士号を授与されたことは非常に感慨深いものを感じています。Avogadro博士は,今から約200年前に物質量(原子量,分子量)1mol中に含有する構成要素の総数として「アボガドロ定数」を提唱し,H2Oでは18gが1mol,その1mol中に6×1023の分子が存在すると説いた方です。また,私にとってはトリノ大学のEzio Pelizzetti学長とは友人の間柄ということもあり,とても親しい関係にあります。そのPelizzetti学長から昨年2012年3月に「名誉博士号を授与したい」との連絡を受け,9月にトリノ大学へ私の家内を同行して訪れることになったわけです。すると,驚くことにトリノ大学では私の訪問日時に合わせて,新しいキャンパスのオープンセレモニーを開いてくれてその中での授与式となりました。セレモニーには,イタリアの文部大臣などそうそうたる顔ぶれの方々が参加されていました。そのため,トリノの街中にはパトカーがあちらこちらに待機し,キャンパスはすべて封鎖されて物々しい雰囲気の中,幾度となく検問を通過して会場にたどり着くまで一苦労でした(笑)。

聞き手:これまで藤嶋学長が研究をされてきた中で,求めていた成果がうまく得らないなど苦いご経験がありましたらお聞かせください。また,こうした苦難を乗り越える秘訣やコツがありましたら,是非ご教示ください。

藤嶋:最初からうまくいく研究などはありえません。なぜなら研究は,ほとんどが失敗の連続だからです。失敗を繰り返す中で,そのごく一部が成功への道を切り拓いてくれるというイメージです。着手した研究がすべて成功するのであれば,皆こぞって研究に携わるようになるでしょうから(笑)。しかし,現実は当初想定していた研究内容ではうまく進まず,七転八倒しながらその原因と必死になって格闘するわけです。そうした格闘の末に想定外のことがほんの一部で起こり,それをヒントに研究成果へと結実していくわけです。当初想定していた研究内容をそのまま進めていっても,大概は特許になることもなければ,論文にもなりえません(笑)。
 記憶に残っているエピソードの1つに,約20年前に光触媒を使って多摩川の水を一部浄化し,環境ホルモンによる生態系への悪影響を軽減するプロジェクトの実施があります。多摩川にある3箇所の石の上に光触媒をコーティングし,環境ホルモンとなる人工的な有機合成化合物(内分泌攪乱化学物質)を分解することで,生息する魚のメス化を軽減する目的で3年間実施しました。しかし,予想以上に石に藻が付着するなどして当初見込んでいた成果は得られませんでした。
 東京湾では漁師の方々が魚介類を捕る際に,不要な貝殻や藻,泥などが網に付着し,その重みで引き上げられない状況を解消するため,網の表面に光触媒をコーティングして付着を妨げようとしました。ところが,かえって藻が多く付着する事態となったわけです。また,海洋観測機器や水質監視装置を手掛ける(株)鶴見精機からの依頼を受け,海上に分布するブイに設置し,人工衛星と通信しているガラス面に付着する藻や苔を,光触媒を使って取り除くことを計画したのです。ところが,藻が付着してガラス面が汚れ,結局効果は得られませんでした。この時は,藻の繁殖力の強さに驚くとともに,実際に研究に着手してみなければ,当初の想定以外のことが起きることも少なくないことをあらためて痛感するに至りました。
 その他には,当初見込んでいた方法では効果が得られず,その原因を究明し別の方法を施してみたらうまくいったというケースもあります。最近,“曇り防止サイドミラー”が自動車に採用され,それが広く普及したことで交通事故が減少していることはご存知でしょうか? 私たち光触媒の研究グループでは,このように解釈していますが「雨の日の運転でも,このサイドミラーのおかげで交通事故に遭わずに済みました」と宣言してくれる人がいないためか,今のところ,交通事故の減少への寄与について誰からも評価を受けたことはありません(笑)。しかしながら,自動車を運転する人が雨の日でも,交通事故が減少していることは“研究者冥利”に尽きるというものです。
 実は,光触媒の新たな効果として“曇らなくなる現象”を発見したときは,想定外の現象が起こったことによるわけです。当初は,ガラス面に酸化チタンを透明にコーティングすることで,その表面の目に見えない油汚れなどを分解すれば,曇らなくなると考えていたわけです。ところが,その方法では幾度となく試してみても,曇らなくなる現象は起きませんでした。これは,ガラス面の上に酸化チタンを透明にコーティングし,その後剥がれないように500℃で熱処理し固定していたのですが,その熱処理によって付着した油汚れを分解し除去する効果が全く得られなくなってしまっていたのです。その後,素材をガラスから石英に替えてみると,曇りを防止する効果が得られました。これは,通常広く使われている安価なガラス(ソーダライムガラス)には,ナトリウムが多く含まれていて,表面を500℃で熱すると,ナトリウムイオンが酸化チタンに拡散して化合しチタン酸ナトリウムに変化することで,光触媒の働きが機能しなくなったことが判明したのです。
 この作用機序を基に,ガラスの表面上を透明のシリカでコーティングし,さらにその上に酸化チタンを覆う2層コーティングを施すことで,チタン酸ナトリウムに変化する作用を妨げることに成功しました。2層コーティング技術は,トンネル用照明器具のカバーガラスに付着する,排気ガスのすすなど油汚れの除去にも利用されています。トンネル内がカバーガラスの油汚れで暗くなり,前方の見通しの悪さを解消するため,カバーガラスに2層コーティングを施し照明器具の光(蛍光灯,ナトリウムランプなど)を利用することで,油成分などの有機物を分解して油汚れを除去するに至りました。また,こうした効果以外にカバーガラスが曇らない,曇り防止作用があることを新たに発見する機会にもなりました。現在,全国のトンネルで2層コーティングを施したカバーガラスが使用されているようです。ただし,今ではこうした熱処理をせずに酸化チタンをガラス面上に固定する真空蒸着法やスパッタ法など新技術も実用化され,さまざまなメーカーで採用されています。
 これまで新たな研究に取り組み始めた当初は,不明なことが多く失敗したりうまく進められなかったりしてきました。このようなときに大事なのは,今どのような問題が起こっているのか――その原因を徹底的に考え抜き,その上で問題を克服する手段や方法を考え出すことです。それが,研究成果を得ることに結実していくのです。ただし,考え抜くためには常日ごろからさまざまな知識を習得し,周囲の事象に対し視覚や触覚を広げて敏感にキャッチし,自身の中に咀嚼して整理しておくことが必要条件となります。研究とは,すべてこうしたプロセスを踏むことで,最終的なゴールに到達できると考えています。 <次ページへ続く>
藤嶋 昭(ふじしま・あきら)

藤嶋 昭(ふじしま・あきら)

1942年東京都生まれ。1966年横浜国立大学工学部卒業。1971年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。1971年神奈川大学工学部講師。1975年東京大学工学部講師。1978年東京大学工学部助教授。1986年東京大学工学部教授。1995年東京大学大学院工学系研究科教授。2003年~神奈川科学技術アカデミー 理事長。2003年JR東海機能材料研究所所長。2003年東京大学名誉教授。2005年東京大学特別栄誉教授。2006年日本化学会会長。2006年神奈川大学理事。2008年科学技術振興機構中国センター長。2010年東京理科大学長。
●研究分野:光電気化学,光触媒,機能材料
●1983年朝日賞,1998年井上春成賞,2000年日本化学会賞,2003年紫綬褒章,2004年日本国際賞,2004年日本学士院賞,2004年川崎市民栄誉賞,2006年恩賜発明賞,2006年神奈川文化賞,2010年川崎市文化賞,2010年文化功労者,2011年The Luigi Galvani Medal,2012年トムソン・ロイター引用栄誉賞,トリノ大学より名誉博士の称号授与

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