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山場を越えたら,あとは丁寧に(株)ニコン 取締役兼常務執行役員 大木 裕史

荒川静香さんの写真にメッセージをのせて

聞き手:これから光学分野での活躍を目指す若手研究者・技術者,学生に向けてメッセージを送っていただけますか。

大木:現在のニコンイメージングサイエンス寄付研究部門でも引き継いで実施していることなのですが,初回は光学産業について講義した後,30分間を使って“いかに生きるべきか”をテーマに訓話をしています。ただし,「こう生きるべきだ」と話すと反発する人もいるので,「こう生きろ,と言うつもりはない。ただ30数年も会社に勤めていると,得な生き方と損な生き方がみえてくる。それを伝えたいのだ。それを知った上で,あえて損な方を選ぶのも君たちの自由だ」と押しつけずに話すのがポイントです。「“going my way,わが道を行く”はいい言葉である。自分らしさを大切にすることはとてもいいけれど,あまりにそこに傾倒すると・・・」と言いかけて,次のスライドを示しながら「going my wayは,いずれ“強引にマイウェイ”になる。さらにそれが進むと“傲慢にマイウェイ”になる。そうなると,たとえ周りに優れた人がいても“俺は俺だ”と排他的な思考になり,その瞬間から人としての成長が止まってしまう。自分流にこだわらず,自分より優れた人から良いところをどんどん吸収するようにすれば,人生の最後まで成長できる。こちらの方が得でしょう」と語りかけます。決めつけるのではなく「私はこう思うけれど・・・」で話を止めて,あとはそれぞれで考えてもらうようにしています。学生はふんふんと頷きながら,聴いています。
 また,訓話の最後には,恒例としてスライドに2006年開催のトリノ冬期オリンピックフィギュアスケートの金メダリスト・荒川静香さんの写真を必ず映し出しています。荒川さんは金メダルを獲得した直後のインタビューで,「最後の3回転ジャンプを成功させた後,どう思われましたか?」との質問に,「あとは最後まで丁寧に滑ろうと思いました」と答えたのです。それ以来,その言葉が私の中にずっと残っていました。通常,ジャンプをすべて成功させれば,その時点で99%成功したと思えるのに,それを100%にするために最後まで手を抜かずに丁寧に滑ろうという答え。この局面でこういう答えができるというのはすごいと感銘を覚えたのです。で,この考え方を学生や院生にも伝えたいと思い,荒川さんの写真の上部に“山場を越えたら,あとは丁寧に”と記載したスライドを見せながら「山場を越えるときは,誰でも全力を尽くす。しかし,越えた後も手を抜かずに最後まで丁寧に成し遂げることがとても重要」と話しています。以前,CORALの先端光科学講義でこの訓話をした際に,実施したアンケートに受講した感想として「“山場を越えたら,あとは丁寧に”の言葉がとても心に残りました」など好意的な評価が結構あり,それ以来訓話の最後に必ずこれを加えています。
 最近は,招かれた結婚式のスピーチでもこの話をしています。「本日は花婿,花嫁にとって結婚に至るというプロジェクトの最後の山場です。明日からは,山場を越え(過ぎ)るわけですから,その後はどこまで丁寧に結婚生活を送ることができるかで,10年後,20年後が決まってきます。明日以降手を抜いてしまうと,その後夫婦関係が修復不能になりかねません」と結婚生活についても警鐘を鳴らしています(笑)。  私にとって光学の面白さは,他の学問・分野に比べ根幹がとてもすっきりしている点です。基本はシンプルだけれど応用の幅は広く,かつ深い。他の要素・分野とも融合できる非常に汎用性の高い学問でもあります。その意味では,今後ますます発展が期待される有望な分野といえるでしょう。
大木 裕史(おおき・ひろし)

大木 裕史(おおき・ひろし)

1954年愛知県生まれ。1977年東京工業大学理学部応用物理学科卒業。1979年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。1979年~ニコン(元・日本光学工業)入社〔光学部(当時)に配属〕。2006年「ニコン光工学寄付研究部門」特任教授就任。2008年ニコン執行役員,コアテクノロジーセンター研究開発本部長就任。2011年ニコン常務執行役員,コアテクノロジーセンター副センター長兼研究開発本部長就任。2012年ニコン取締役兼常務執行役員,コアテクノロジーセンター長,カスタムプロダクツ事業部管掌就任。
●2005年渋谷眞人,大木裕史箸『回折と結像の光学』朝倉書店刊(2005),2010年応用物理学会フェロー称号授与

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