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山場を越えたら,あとは丁寧に(株)ニコン 取締役兼常務執行役員 大木 裕史

精いっぱい努力したことが“神からの恩恵”を招く

聞き手:これまで研究・開発のプロセスにおいて,ご自身が求めている成果が出ないなどの理由で苦悩されたり試行錯誤されたりしたご経験がありましたら,その苦難をどのように乗り越えられたか,またその秘訣・コツをご教示ください。

大木:20年以上前に担当業務で大きなミスをして,「これで自分の社会人生命は終わった」と絶望のふちに立たされたとても苦い経験があります。当時,外部企業と共同で光磁気ディスクドライブの開発に携わっていたのですが,その設計過程で誤差計算を間違え,1桁低い許容値で見積もってしまったのです。それが発覚したのは,その設計を基に製作した試作機の動作確認実験中でした。それによると,ディスク中央付近では記録・再生できるが,そこから離れるとトラッキング不能になるという内容でした。当初,私は「光学設計の問題ではなくメカか電気系の調整不足によるものだろう」と高をくくっていたのですが,あらためて私の設計を確認してみると,確かに中央部付近でしか記録・再生できず,その原因が1桁間違った誤差見積もりで光学系を設計していたことにあるとその時点で初めて認識したのです。
 しかし,試作機がすでに完成したこの時点では,光学設計をやり直すことはおろか電気部品の交換や駆動ソフトウェアの修正に費やせる時間さえなく,残された時間は数週間でした。関係者に相談してみてもみな「それは無理」と一蹴され,解決策を見出すことはほぼ不可能な状況にありました。しかし,それでも私は「本当に不可能なのか,その解決の糸口はないのか」と自問自答を繰り返し,問題がどうすれば解決できるか,寝ても覚めてもこのことだけを考え続けました。それでもどうしても妙案が浮かばないので,まずは光ディスクを照射するレーザースポットが非常に複雑な動きをすることに着目し,その動きをすべて数式で表してみることにしたのです。これは,大変根気の要る作業でしたが,とにかく1つも漏らさずに数式に書き出してみると,信じられないくらい長い数式になりました。
 次に,その式を整理し丹念に見直してみると,ある変数に対して二次関数になっていることに気がつきました。二次関数であれば極値が存在します。その極値をうまく応用すれば問題が大きく改善されることが分かったのです。とはいえ,これは机上の1つの発見にしか過ぎません。
 では,その極値はどうすれば実現できるのだろうと考えたら,それは偶然にも光学系のある部分のわずかな位置調整で可能になることが分かったのです。この時点で,ようやくこの問題の80%くらいまでを解決することができました。残りの20%については,これも結構苦労しましたが,装置の調整手順と調整方法を変更することで解決できると分かり,関係者の協力を仰いで,1桁分の誤差をようやく克服できました。これでディスク上のすべての個所での記録・再生を実現できたのです。当時のリーダー格の人からは「プロジェクトはあれでもう終わったと思っていたら,最後に変なマジックを出してきて復活しちゃった」などと冷やかされました。それまでの過程をすべて知っているのは,私とその実験を担っていた後輩M君だけであったこともあり,変なマジックと言われても無理はなかったでしょうね(笑)。
 あの“悪夢の10日間”を思い返してみると,極値が存在することを発見したことまでは私の努力の結果で,一方,その極値が容易に実現可能なところにあったことは『人事を尽くし天命を待つ』ではないですが,精いっぱい頑張ったことへの神からの恩恵だったような気がしています。ほんとうに,よくあきらめずに考え続けたと思います。こうした人生最大の絶体絶命の局面を乗り越えたことは自分自身の自信につながりましたし,逃げずにとことんあきらめず頑張れば,その結果として運も味方してくれることを知りました。裏を返せば,運を味方につけるにはとことん頑張らなくてはいけないということですね。とはいえ,このような経験はもう二度としたくないというのが正直なところです(笑)。 <次ページへ続く>
大木 裕史(おおき・ひろし)

大木 裕史(おおき・ひろし)

1954年愛知県生まれ。1977年東京工業大学理学部応用物理学科卒業。1979年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。1979年~ニコン(元・日本光学工業)入社〔光学部(当時)に配属〕。2006年「ニコン光工学寄付研究部門」特任教授就任。2008年ニコン執行役員,コアテクノロジーセンター研究開発本部長就任。2011年ニコン常務執行役員,コアテクノロジーセンター副センター長兼研究開発本部長就任。2012年ニコン取締役兼常務執行役員,コアテクノロジーセンター長,カスタムプロダクツ事業部管掌就任。
●2005年渋谷眞人,大木裕史箸『回折と結像の光学』朝倉書店刊(2005),2010年応用物理学会フェロー称号授与

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