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光学技術発祥の地・板橋で,次世代へつなぐ「人づくり」を!板橋区長 坂本 健

“光学産業の源”は江戸時代から

聞き手:板橋区は1960年ごろから「メイドイン板橋」と言われるような光精密機器の産業が盛んだったそうですね。現在もトプコンさんだとか,日本の光学機器を担ってきた企業が板橋区にたくさんありますが,なぜ板橋区に光学機器のメーカーが集まっているのでしょうか。

坂本:1960年というと高度成長期で,おそらく量産体制に入っていった時期に「メイドイン板橋」の名が広まったのだと思います。しかし,それ以前の戦前から戦中のころ,カメラ工場が多かった志村地区や板橋地区は軍需産業の中心的な位置となっていたようです。ちょうど内陸部に荒川があり,中山(なかせん)道に面しているということもありまして,地の利をもって,あの地帯に軍需関係の開発施設をつくったように聞いています。さらに江戸時代までさかのぼると,加賀藩前田家の下屋敷がありましたので,この地で兵器などの製造をしていたのではないかと想像しています。江戸時代の末期には,砲術家の高島秋帆が高島平で砲術の練習を行っていたということで,その当時から軍需関連施設が集積していたとも言われています。明治になってからは,陸海軍の関係施設がこの場所を見いだし,いろいろ開発をするなどし,その集積の中のひとつとして光学のカメラやフィルムなどが発展的に出来上がってきたようです。そして,戦後はこの地で軍需産業に従事していた人たちや企業などが,民間企業として町工場的にいろいろなカメラや双眼鏡を開発・製造し,板橋を中心に光学産業の集積地が出来上がってきたようです。  1960年代に入り,ベトナム戦争などで光学機器は輸出が伸び,双眼鏡・望遠鏡・日本産業の主力になった一眼レフカメラなどの技術が飛躍的に進展し,今もカメラ技術の根幹になるような技術がこの時期に生まれてきたのです。こうした中,アサヒペンタックスさん,ゼンザブロニカさん,ニコンさんやキヤノンさんなどがトップメーカーに成長していったと聞いています。現在,生産拠点はありませんが,ペンタックスさんの開発,あるいは一眼レフカメラから派生して測量機器メーカーになったトプコンさんだとか,板橋の地域に生まれ育った技術の発展により,量産体制に入り,世界に羽ばたいて行かれました。そういう意味で,光学技術は,江戸から明治,大正,そして戦前・戦後とさまざまな過程を経て,日本経済のけん引役として発展的かつ飛躍的に板橋で育っていったと言えるのではないでしょうか。
坂本 健(さかもと・たけし)

坂本 健(さかもと・たけし)

1959年,板橋区生まれ。1985年,日本大学大学院生産工学研究科博士前期課程建築工学専攻修了。1986年,日本設計事務所?[現・?日本設計]入社。1999年,特別養護老人ホーム ケアタウン成増設立代表者就任。2001年,社会福祉法人みその福祉会理事長就任。2003年,みその幼稚園設置者就任。2005年,日本大学大学院理工学研究科博士後期課程建築学専攻単位取得退学。2005年,東京都議会議員初当選。2007年,板橋区長初当選,現在二期目在任中。

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