エンジニアリングとサイエンスのバランスを考える東芝リサーチ・コンサルティング(株) フェロー 波多腰 玄一
光ピックアップから半導体レーザーへ
聞き手:工学博士を取られたのち,(株)東芝にご入社されたのですね。波多腰:1980年に入社しました。当時はまだ東芝という名前ではなくて,東京芝浦電気(株)という名前でした。わたしの最初の上司が最近まで東海大学教授でした後藤顕也先生で,わたしが博士論文を出したころ,後藤さんが導波路型ピックアップの企画書を作られていたのです。それで,わたしが大学で導波路型レンズをやっていたということもあって,たぶん指導教官の田中先生が後藤先生に紹介されたという経緯だったのではないかと思います。
会社に入った時に与えられた最初のテーマは光ICピックアップでした。これは,やってみてすぐに大変だということが分かりました。大学では導波路の中で絞るレンズを研究していたのですが,ピックアップですから導波路の外のディスク上に絞らないといけません。そのためには,高効率でしかも回折限界まで絞らないといけないので,構成的には難しく,工夫がいる構造でした。電子ビーム(EB)描画装置で回折格子を作成して,なんとか動作検証まで持っていきました。高効率で回折限界まで絞るところはできたのです。ただ残念ながら,これは実際の製品にはなりませんでした。その理由の1つは,光を導波路から絞るのですが,ピックアップには作動距離(ワーキングディスタンス)が必要で,それが十分に取れないという問題がありました。レンズの構造と描画領域の関係で普通のレンズのように大きなレンズにするわけにはいかず,せいぜい2~3cm止まりまでしかできません。それで作動距離を十分取って,しかも開口数(NA)の大きいレンズを作るというのは極めて難しかったのです。
そのあと,EB描画の応用でいろいろな回折格子素子を作りました。1つは非点収差型のレンズです。これもたぶん,EBによる回折格子で作ったというのは世界初じゃないかと思います。また,オフアクシス型のグレーティングレンズですね。光通信向けの分岐用――例えば3分岐や5分岐に光を分けて絞るレンズも作りました。
これらは全部EB描画で作ったのですが,感心したのはEB描画装置がすごく高性能だということでした。回折効率を上げるためにブレーズ化した回折格子レンズを作っていたのです。手動ではできないので描画パターンをすべて計算機で計算して,それをEB描画装置にかけて作るというやり方をしていたのですが,当時は描画するのに2~3時間かかったのです。また,パターンの計算にも,当時の大型計算機で2時間ぐらいかかっていました。日中にこれらの作業をやっていると時間がもったいないので,夕方,EB描画装置に16インチの磁気テープをセットしてボタンを押して帰って,翌朝会社に行くと描画ができているというやり方をしていました。そこですごいと思ったのは,これだけ長時間描画していてもビームがずれないのです。少なくともグレーティングレンズで必要とされる回折限界以下の0.1μmや0.2μmの精度を持ってビームが安定していることには感心しましたね。
聞き手:「ブレーズ化」とはどのようなことでしょうか?
波多腰:バイナリー(2値)でパターンを表現するのではなくて,断面がのこぎり型の形をしたパターンのことです。それによって回折効率をかなり上げることができます。
聞き手:その分,計算データが多くなるわけですね。
波多腰:そうです。実際には16段階で高さを変えました。だから,1つののこぎりの歯に対して16個のデータが必要なわけですね。
聞き手:それは確かにデータ量が膨大になりますね。それが,東芝での最初のお仕事だったのでしょうか?
波多腰:はい。最初の数年はそうした開発をやっていました。その後,半導体レーザーへと開発の方向が変わります。1985年ごろだったと思います。その年はちょうど赤色半導体レーザーが世界で初めて室温連続発振した年です。東芝,日本電気(株),ソニー(株)の3社がこの年に世界で初めて達成しました。わたしは,半導体は大学で全然勉強して来なかったのと,「こんなややこしい材料を用いた研究は絶対やりたくない」と大学の時に思っていたのですが,なぜかやる羽目になってしまいました(笑)。
最初にかかわったのは,InGaAlPの赤色半導体レーザーの開発です。主にデバイス設計で,半導体レーザー用デバイスシミュレーターを開発し,それを使って設計するという仕事をやっていました。赤色レーザーはDVD用ですから,出射光の光学特性を回折限界まで絞らないといけないので,安定な基本横モードを得ないといけません。そのための設計や,温度特性を確保するための熱解析まで含めた設計をしました。またディスク応用でいうと,雑音特性も含めてセルフコンシステント(自己無撞着)に光学系と電子系の両方の方程式を一緒に解くシミュレーターを作りました。その後,この材料系は高輝度LEDの赤から黄緑色ぐらいまでのデバイスに適用されるのですが,そこでもシミュレーション技術を適用しています。
世の中の流れとしては,赤から緑,青へと進んでいきましたので,うちの会社もそうした材料を研究開発しました。GaN系のLED設計は今も続いている状況です。
波多腰 玄一(はたこし・げんいち)
1974年,東京大学 工学部物理工学科卒業。1980年,同大学大学院 工学系研究科物理工学専門課程博士課程修了。同年,東京芝浦電気(株)入社,総合研究所電子部品研究所に配属。1989年,同社 総合研究所電子部品研究所化合物半導体材料担当 主任研究員。1996年,同社 研究開発センター材料・デバイス研究所研究第四担当 研究主幹。1997年,同社 研究開発センター個別半導体基盤技術ラボラトリー 研究主幹。2003年,東芝リサーチ・コンサルティング(株) フェロー。2006年,独立行政法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー。2011年現在,(株)東芝 研究開発センター電子デバイスラボラトリー 参事(兼務),東芝リサーチ・コンサルティング(株) フェロー。独立行政法人日本学術振興会 光電相互変換第125委員会幹事,公益社団法人応用物理学会 日本光学会微小光学研究グループ運営副委員長,ISO/TC172/SC9国内対策委員会委員長。Laser Focus World Japan 社外編集顧問。