【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

いかに執着できるかに尽きる立命館大学 教授 小野 雄三

ホログラフィーの「原理の原理」を使う

聞き手:NECといえば,通信やコンピューターのイメージが大きいのですが,そうした関係の開発にかかわられることはあったのでしょうか?

小野:NECの本流はやはり伝送通信事業なんです。半導体事業も大きいのですが,何といっても伝送通信事業が保守本流ですね。ですから,わたしがやっていた光に関する研究開発は「亜流の亜流」という感じがしていました。そういう意味では,設備の問題や社内評価の観点などで苦労が多かったと思います。

聞き手:確かにどこの会社でもそうしたご苦労を抱えている研究者の方はいますね。

小野:通信向けでただ1つホログラム関係でやったことというと,半導体レーザーの発振波長を安定なシングルモードにするための4分の1波長シフトグレーティングをホログラムで作ったことです。DFB(Distributed FeedBack)レーザーに使われるグレーティングを作る方法なのですが,このグレーティングは単純に同じ幅で繰り返されるのではなくて,途中で位相が4分の1波長分シフトするのです。このグレーティングを作るのが結構難しかったのです。ホログラムを使うとそれができるということを提案して,実験的にはうまくできたのですが,結果的に事業部は採用してくれませんでした。

聞き手:何か代替技術があったということでしょうか?

小野:EB(電子ビーム)でできるようになったのです。時期はだいぶ後になりますが,ある使い方をすればEBで作ることができることが分かったのです。事業所は,先のバーコードリーダーの原盤作成と同様,やはり干渉露光を嫌うものです。この技術では4分の1シフトした波面と平面波を干渉させてズレた干渉縞を作る方法を採るのですが,事業部で干渉露光するのは難しいからです。NECの半導体事業部門は玉川事業所の中にあって,すぐそばを新幹線が通っているので振動が激しく,干渉露光するにはかなり悪い条件だったのです。そうした課題はクリアできたものの,結局,電子ビームに移ってしまいましたね。

聞き手:位置ズレが波長レベルで起きて制御できなくなるということなのでしょうか?

小野:そうです。外からの振動や空気の揺らぎなどが影響を与えます。エアコンが入っていると風が出ますよね。目には見えませんが,こうしたことでも光学系が揺れるのです。その結果,光路長が波長の何分の1かズレてしまう。ですから,すべて密閉した中で露光するという必要が出てきます。ホログラムをやる人にとっては常識なのですが。一方EBの場合は,どこかに外注しても製作できますよね。マスクさえできれば,ファウンドリやマスクメーカーで手軽に作れます。
 4分の1波長シフトグレーティングの製作には,ホログラフィーの「原理の原理」を使っているのです。ホログラフィーを使うと波面を凍結できます。三次元の物体から来た波面を記録(凍結)するわけです。そこに光を当ててやると,今度はその波面が再び出てくるので三次元像が見えます。そうした現象を使って4分の1位相シフトした波面,すなわち少し段差がついたガラス板に光を当ててやると,そこで位相が少しズレます。そういう波面をホログラムに記録するわけです。ここに再生光を当ててやると,この波面が出てくるので,4分の1位相がシフトした波面が再生されます。もう一つの波面となる平面波を干渉させてやると4分の1シフトグレーティングができるという,本当にホログラフィーの原理そのものを使いました。実は,POSスキャナーに使ったホログラムスキャナーの収差補正でも非常に似たことをしているのです。
 先ほどのCD-ROMが一段落した後は,光磁気ディスクの光ヘッドにホログラムを使おうという話が出ました。そこで,偏光性のあるホログラム素子を作りました。当時,NECから1.3Gバイトの記憶容量のものが出たのですが,その製品版に乗せてもらいました。CD-ROM用のホログラムと違う点は検光子です。検光子の機能を併せ持ったホログラムを作ったのです。ニオブ酸リチウムにイオン交換を使ってホログラムのパターンを作って使いました。これも事業部移転で苦労しましたが,当時の子会社の東洋通信機(株)――今はエプソントヨコム(株)ですが――に生産移転して,府中の事業部から製品が出荷されました。

聞き手:光技術の標準化作業にもかかわられていたということですが。

小野:はい。1995年ぐらいからISOの国内・国際含めて規格化の活動にかかわりました。わたしが引き込まれたのは回折光学の分野です。もともと「回折光学」という分野はなかったのですが,その当時,回折素子の研究が活発になっていたのを受けてそうした分野ができたのです。「まずは用語の規格化から始めよう」ということで,1997年から日本提案の国際プロジェクトを立て,わたしがプロジェクトリーダーになりました。2004年にはISO 15902という規格ができました。わたしが所属したのはISO/TC 172で,今年のO plus E 7月号で記事が掲載されたニコンの市原裕さんが今は日本委員会の委員長をされています。その下にサブコミッティ9番(SC 9)があって,ここではO plus E 8月号に登場された有本昭さんが長いこと国内委員長をされていましたね。SC 9の下にワーキンググループがいくつかあって,2001年からWG 7のコンビーナー(主査)代理,2004年から正式のコンビーナーになり,今もコンビーナーを続けています。実はその功績で経済産業省から表彰されることが決まりました。長年,日本主導で規格化を進めてきたというのが表彰理由です。
小野 雄三(おの・ゆうぞう)

小野 雄三(おの・ゆうぞう)

1970年,東京工業大学 理学部応用物理学科卒業。同年,日本電気?に入社して中央研究所に配属。光磁気メモリー,ホログラフィックメモリー,高速レーザープリンター,ホログラフィックレーザー・スキャナー,POSスキャナー,CD-ROM用および光磁気用ホログラムヘッドなどの光情報機器,回折光学,光記録等の研究開発に従事。1999年,立命館大学理工学部教授に転出。ホログラフィックリソグラフィーによる3次元フォトニック結晶の形成と特性解析の研究に注力。現在に至る。工学博士(1985年 東京工業大学)。応用物理学会光学論文賞,新技術開発財団市村賞,科学技術庁長官賞(研究功績者表彰),経済産業省国際標準化貢献者表彰など受賞。応用物理学会フェロー,ISO TC 172/SC 9/WG 7 コンビーナー。

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