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若手は幅広くチャレンジしてほしい(株)ニコン 市原 裕

幅広くいろいろなことを

聞き手:その時期に,光学測定機も担当されていたのですか?

市原:そうです。光学部というところへ移って,そこで測定機関係,特に社内工具を開発しました。わたしは光学設計はできないのですが,パートナーとなった光学設計部の女性に,わたしのアイデアを漫画で描いて「こういう配置で設計してくれ」と頼むと,すぐに取りかかってくれて,すごく効率良く仕事ができました。周りから余計な雑音も入りませんでしたし。また,以前から工作技術部というメカ設計の部署と一緒に測定機の開発をしてきましたので,その延長で,光学部に移ってからも,そこと一緒にいろいろ作ったのです。

聞き手:光学技術開発部第一開発課時代に非球面投影レンズプロジェクトをご担当されていますが,これはどのようなプロジェクトなのでしょうか?

市原:半導体露光装置向けのレンズが高NA化して大型化していくと,もう大きすぎて作れなくなる。「何とか小さくしたい」ということで,露光装置用の非球面レンズを開発するプロジェクトを立ち上げました。現在,コアテクノロジーセンターのセンター長をやっている諏訪恭一氏が全体のリーダーになって,わたしが計測器のリーダーになり,非球面レンズの設計,計測,加工を行うプロジェクトを動かしたのです。これで,ニコンは非球面を自由に作れるようになったと言えますね。

聞き手:投影露光装置の非球面レンズを作るのは難しいのでしょうか?

市原:レンズが大きいのに対して,精度がものすごくうるさいのです。コンマ何ナノメートルという精度で加工しなくてはいけません。作るのは難しかろうと思って加工屋さんにお願いしたら,「測れれば作ってやる」と言われたので,「じゃあ,測ってやる」と。売り言葉に買い言葉ですね。

聞き手:現在ご所属の市原研究室はどういった目的で作られたのですか?

市原:常務を退任した時に,社長が研究室を作ってくれました。そこで,国際標準化の仕事を続けてやりなさいと。それ以外にも自由に研究していいと言われて,「これはしめた」と思いました(笑)。そこで,国際標準化以外に3Dモニターの応用の研究などもやっています。

聞き手:最後に,若手技術者の方に対して,何かお言葉をいただけませんでしょうか?

市原:自分の過去を振り返ると,学生時代より上から押し付けられるのではなくて,割と「やりたいことを自分で見つけろ」というような環境で育ってきました。また周囲に,光学関係の人だけじゃなくて,メカ屋とか電気屋などがいて,そういう人たちとさまざまな勉強もしてきました。最近の若い人を見るとやることが決められていて,狭いところしか担当できないような感じがするので,ちょっとかわいそうに思います。やっぱり,幅広くいろいろなことをやってほしいと思いますね。
 もう一つは,わたしは事業部を経験しているのですが,それが非常に大きかったと思います。世の中には,研究だけで終わってしまう人が結構いるのですが,事業部を経験するのとしないのとでは,全然違うと思います。

聞き手:本日は長時間,多岐にわたって面白く興味深いお話をありがとうございました。
市原 裕(いちはら・ゆたか)

市原 裕(いちはら・ゆたか)

1973年,東京大学理学系研究科相関理化学専攻修了。同年,日本光学工業(株)(現 (株)ニコン)に入社し,研究所第二光学研究室に配属。研究室長である靏田匡夫氏の指導を受ける。1984年に精機事業部精機設計部第二開発設計課に異動し,半導体露光装置の開発や計測にかかわる。1988年,光学部開発課に所属。このころより,国際標準規格に携わる。2002年,コアテクノロジーセンター光学技術本部長兼光学技術開発部ゼネラルマネジャー。2003年,執行役員,コアテクノロジーセンター副センター長兼光学技術本部長。2005年,取締役兼執行役員。2006年,ISO/TC172/SC3国際議長。同年,研究開発本部長。2007年,常務執行役員。2008年,顧問兼市原研究室室長。現在に至る。

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