【重要】O plus E 隔月刊化と価格改定のお知らせ

光技術の行き着くところは,結局のところ健康問題だと思います。浜松ホトニクス(株) 晝馬 輝夫

科学とサイエンス

 私がつねづね言っていることは,科学とサイエンスは違うということです。
 エンサイクロペディア・ブリタニカでは,サイエンスは「芸術,宗教又は哲学の如く,絶対真理を求める人の心の動き」とあります。つまりサイエンスと科学は同列ではなく,サイエンスの結果生まれた色々な知識を,科目別に分類したのが科学というのではないかと,私は言っているのです。
 日本は開国して以来,知識,技術を一生懸命欧米先進国から教わってきました。しかしそれは,欧米から切り花を買ってきて,きれいだと喜んでいるようなものです。そこには,花はどのようにできたのか,また,実はどのようにしたらできるのかという,根っこにあたるサイエンスがないのです。このサイエンスを輸入してこなかったことが今の日本の産業の閉塞感につながっているのです。
 サイエンスをやるというのは,ある意味宗教的なところもあります。つまり,ただひたすら信じるとか,祈るというような部分でです。例えば“真理の追求”といったことや職人の“カン”などがそれに近いかもしれません。職人のカンなどは“暗黙知”ともいえますが,今の日本の教育現場ではそのようなことを教えはしません。これはGHQによって憲法第20条ができたからです。しかし一方で,われわれ企業のほうは,暗黙知をみんな持っているのです。企業というのはどこも暗黙知を必ず持っているはずですから,それが自分の会社の宝だと気付けば,日本もまだまだ捨てたものではありません。
 ただ1つ危惧するのは,現代の日本人には,良い意味で「無心に信ずる」とか「祈る」という心が無くなっていますから,サイエンスなどの奥深いところをやるには,これから大きな意識の変化が必要になります。それにはまず,国民一人ひとりが人類には知らないことできないことがいっぱいあるのだということを認識しなくてはなりません。そして,毎日の仕事を素朴な疑問をもって,全身全霊の力をこめて未知未踏を追求すれば,この閉塞感を打開するだけでなく,日本独自の新しい産業を創出できると信じます。(文責Y.F.)

私の発言 新着もっと見る

本誌にて好評連載中

一枚の写真もっと見る