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「理学」が「工学」に大きな進展をもたらし,それが新たな「理学」の世界を生み出す。(前編)東京大学 名誉教授 清水 忠雄

「理学」と「工学」

清水:そもそも,メーザーやレーザーの発明でノーベル賞を受賞した,チャールズ・タウンズが最初にメーザーという言葉を案出した1955年の論文のタイトル「The Maser-New type of Microwave Amplifier, Frequency Standard, and Spectrometer」には「Frequency Standard」という言葉が入っております。これは原子時計のことです。
 つまり,メーザーの開発段階ですでに原子時計という応用を意識していたわけです。「メーザーで原子時計を作ればもっと高精度なものができるのではないか」というわけです。 私はこういった点が,欧米の科学者の偉いところだと思います。「メーザーという理学的な研究が何に応用できるか?」という意識がちゃんとあるわけです。科学は,「理学」だけでも駄目ですし,「工学」だけでも発展しません。

聞き手:確かに,先生のおっしゃるとおりだと思います。

清水:今年は「レーザー発明50周年」といわれています。レーザーは1960年に出現し,その6年前の1954年に前身のメーザーが生まれました。メーザーの波長は,最初は1cm程度でしたが,改良されて数年後に1mm程度になりました。しかし,それからしばらくは短波長化ができませんでした。そのような苦しみの時代があって,1960年に一気に3桁波長が短くなり,光メーザー(レーザー)が出現しました。そして,そこからまた改良が進められ,レーザーの種類は圧倒的に増えましたが,短波長化という点では,50年経ったいまでも1桁程度です。一方,レーザーのパワーは最初の10年間で毎年10倍程度と指数関数的に上がりました。現在では,レーザーは人々の生活にも,なくてはならないものになっています。

聞き手:レーザーはCDの開発を契機に,一般の家庭にも入ってきたイメージがあります。

清水:レーザーだけでなく,発展の著しい技術分野の特徴というのは,理学的な発明・発見がされたときに,工学分野において急速に研究が進み,そこで出てきた技術やデバイスが,今度は理学的な研究にフィードバックされ,お互いに相乗効果を発揮して進んでいるところだと思います。
 そのためには,高い工業レベルという要素も必要です。例えば,日本で最初にレーザーが作られたときには,レーザー結晶や反射鏡を平らに研磨する技術が十分ではありませんでした。レーザーの反射鏡の精度は,波長の数10分の1程度必要ですが,これが難しかったのです。しかしながら,当時の日本の工業レベルが高かったということで,たちまちのうちに高精度な反射鏡を作ることができるようになりました。
 現在日本では,科学技術政策についてさまざまな議論がなされていますが,今後日本が科学・技術においてさらなる発展を目指そうとするならば,科学と技術がそれぞれ独自性を保ちながら,しかも相乗効果が発揮されるような仕組みを積極的に作り出す必要があるのではないでしょうか。(前編:おわり)

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