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「理学」が「工学」に大きな進展をもたらし,それが新たな「理学」の世界を生み出す。(前編)東京大学 名誉教授 清水 忠雄

標準と分光

聞き手:先生のご専門はレーザー分光ですが,計量標準とレーザー分光は何か関係があるのですか?

清水:非常にあります。1秒の定義は,以前は地球の自転速度により決められていましたが,地球の自転速度は一定ではありません。そこで,1967年に開催された国際度量衡総会において,セシウム133原子を使った原子時計に改められました。参考までにお話しすると,先ほどお話した霜田先生が研究されていた原子時計はアンモニア分子を使っています。
 原子時計というのは,原子や分子が特定の周波数の電磁波を吸収・放射する性質(スペクトルにおける吸収線と輝線)を利用しています。周波数と時間は逆数の関係にありますから,周波数が正確に求まれば,時間は逆数を計算することで簡単に求まります。
 長さの標準に関しては,昔はメートル原器というものがあり,それが基準でしたが,1960年にクリプトン86原子のスペクトル線の波長を用いたものに改められました。そして,1983年にはこれも改定され,現在の長さの標準は,真空中の光の速度が基準になっています。
  というのも,光の速さというのは,ご承知のようにアインシュタインの相対性原理よって,どんな座標系に移っても変わらないものとされています。全宇宙で一定不変なものですから,これを定義にしてしまおうということで,1983年の国際度量衡総会において,光の速さは,そのころ最も正確と思われていた実験値「299,792,458m/s」に決められたわけです。そうすると,長さの標準は計算で求まります。「長さ(距離)」=「速度」 × 「時間」ですから,長さが知りたければ,例えば,あるスペクトル線の周波数を測って時間を出し,先ほど定義した光速によって計算すれば求まります。

聞き手:なるほど。

清水:結局,「スペクトル線の波長」などを正確に求めるのには,レーザーを使わざるを得ません。数十年前に霜田先生が原子時計の研究をされていたときも,マイクロ波分光学と原子時計が密接につながっていましたが,現在においてもレーザー分光学が標準と密接につながっている事情と変わりがありません。

聞き手:ようやく標準と,分光のつながりが分かりました。

清水:そのようなことで,産総研に非常勤で招いてもらって,計量標準の普及活動に携わっています。
 現状では,ごく一部を除いて大学で計量標準の講義がありません。
 私たちが学生のころには,寺田寅彦の直弟子である平田森三先生から計量標準の講義を受けた記憶があり,こうしたことに強い感心を引き出されました。一部には,「そういう講義をやって何になるか」という声もありますが,意義はあると思います。計量標準の精度が上がれば,それで初めて見えてくる事象が必ずあります。計量標準の改善・開発は,決してゆるがせにはできません。
 標準の話は,できれば多くの大学で講義をしてもらいたいと思います。いくつかの理解ある大学が協力してくれていますが,それが長続きしません。担当者が代わるとなくなったりします。それが少し残念です。
 大学の物理学科や物理工学科の学生さんたちが興味を持ってくれて,こういう分野にどんどん入ってきてくれれば,標準そのものが良くなりますから。

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