【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

蜘蛛の糸東京工業大学 松谷 晃宏

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 鶴田匡夫氏の「第5 光の鉛筆」の“蜘蛛の糸”の中に以下のような解説がある1)。

 蜘蛛の糸は以後近年にいたるまで,最良の十字線として広く使われてきました。(略)蜘蛛の糸は,それが透明で細い円柱体であるために,明るい視野では暗く見える一方,横から豆ランプで照らすことによって,暗い視野の中ではかすかに明るく浮かび上がって見えるという特徴があるため,昼間に使う測量用にも夜空の星の位置測定にも使えてたいへん便利であったようです。(略)私が会社で教わったのはもう少し手がこんだやりかたでした。蜘蛛は三浦半島の女郎蜘蛛が最高だ。(略)蜘蛛の尻から静かに糸を引き出すと,捩れや節(だまと呼んだように記憶しています)のない,太さの一様な糸が取れる。急ぐ場合には張りたての蜘蛛の巣から採取して使う。放射状に張られた糸の方が円周状のものより素直ないい糸だった。

 それでは早速観察してみよう。図1は筆者の自宅の庭に張られたジョロウグモの巣である。部分的に虹色も見えている。図2の左の写真は,三浦半島ではないが,勤務先(横浜市)のキャンパスで採集したジョロウグモの糸の光学顕微鏡写真である。真っすぐな方が放射状に張られた糸,「だま」のある方が円周状の糸である。観察した範囲では,これらの糸の太さはおよそ2μm,「だま」の間隔は50~150μmの見事な周期構造であった。「だま」は粘球といい,これにいろいろなものを付着させて捕らえる。図2の右の写真は,花粉が捕獲された個所を共焦点顕微鏡風に深度合成して仕上げたものである。図3の左の写真は放射状の糸のやや太い部分を走査型電子顕微鏡で観察したもので,複数の糸がねじれなく合わさっていることがわかる。この糸の垂直方向から半導体レーザー(波長670nm)で照らして暗視野で観察してみると,右の写真のように回折格子のように見える。ここで図1に戻ると,円周状の糸と放射状の糸では太陽光の分光の様子が異なっていることに気付く。どうやら,周期的な粘球とねじれのない糸の集合では糸に対して回折の方向が異なるため分光の様子に違いが出たようだ。調子に乗って図2の右の写真を眺めてみると,蜘蛛の糸が導波路,花粉が球体の共振器で共振器の表面に周期的突起構造をもつ天然の光デバイスのようにも見えてくる。上手に実験できたらそのうちどこかの学会でこっそり報告してみよう。ずいぶん昔に芥川龍之介の小説を読んでから,家の中で見つけた蜘蛛はフィルムケースで捕らえて外に逃がすようにしている。今回の観察で得られた造形美は,蜘蛛からのすてきなプレゼントだったのかもしれない。

謝辞
生活のための貴重な巣の一部を快く提供してくれた勤務先階段横のジョロウグモ(学名:Nephila clavata)に深く感謝する。

参考文献
1)鶴田匡夫,第5 光の鉛筆,新技術コミュニケーションズ,pp. 463-472(2000)

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