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第7回 アンダーグランドアート―Retretti Art Center・Finland―

防音とオートロックの家


 翌年4月末,展覧会の準備に再びフィンランドをおとずれた。主催者からのサポートと,幸い日本サイドでも協賛を得ることができ,音の演出も加わった大規模なインスタレーションが実現した。今度はヘルシンキから空路(50分)で北に400 kmの現地へ向かった。空からの眺めは一面の森と湖沼以外,何も見えない。眼下に人の営みの痕跡を探すのが難しいムーミンの国であることを実感した。冬の雪原は草原ではなくて,水面だと悟った。その間を縫うように走る細い道をバスは走っていたのであった。展覧会オープンの1か月前に会場に入り準備をすすめた。リゾート地の一角にアートセンターはあり,周辺の森の中に宿泊施設としてコテージが立ち並び,敷地内にはレストランやカフェが併設されている。私のインスタレーションには日本から岩盤と音響のエンジニア,作曲家の天山氏,私を入れて総勢5人のチームがそろった。到着した4月下旬は周囲の湖にはまだ氷が残り,施設のレストランも準備中で稼働していなかった。エアコン,台所,サウナ,シャワー完備の快適なコテージが,私にもまるまる一軒与えられた。敷地内の住人はまだ我々だけであった。12月に比べ,昼の時間も驚くほど長くなっていた。
 ある日,夕食を済ませてゴミを捨てに外に出た。玄関のドアは2重になっていて結構重く,すぐにバタンと閉まる。その音を聞いて「しまった!」と気づいたが時すでに遅し。鍵を持たず外に出てしまったのだ。オートロックだから自動的に鍵がかかってしまう。かなり気をつけていたのだが,ついうっかりの失敗である。大急ぎで管理棟に行ったが夜間は帰宅して誰もいない。レストランの施設もまだ準備中。あとは,少し離れたコテージに泊まるチームの仲間に助けを求めるしかない。暗くはないが,人気のまったくない敷地を横切りたどり着くや,玄関ドアを激しくたたいたが反応はない。ドアには呼び鈴がなく何度たたいても音が伝わる様子はない。コテージは数部屋もある広い家だ。窓を覗くと電気はついている。まだ全員寝てしまったわけでもなさそうだ。しかし,窓が高すぎて中がよく見えない。広い家だから,人がどこにいるかもわからない。窓ガラスをノックしても,2重窓だから音はまったく伝わらない。大声で叫んだがなしのつぶてだ。外気の気温はだんだん下がってくる。どうしたものかと思案した。最悪,家の外で朝まで野宿かとあきらめて自分の宿に戻ろうとした矢先,玄関のドアが開いて,ごみをもった人が出てきた。よかった!! 助かった!! 慌てて大声で呼んで近寄ると,けげんな顔をされた。これこれしかじか,とにかく一晩家に入れてとお願いする。外の私の悲痛な状況など,中の連中はまったく知る由もない。本当に,偶然,たまたまごみを捨てに外に出てきたのだった。天の助けだ。ベッドルームがいくつもある家だから,泊めてもらうのに問題はなかった。翌朝早く管理棟に行きスペアキーをもらって家に帰った。北国の家は完全暖房であると同時に,完全防音であることも思い知った。以後,心してオートロックのドアには気をつけている。不注意は時に命を脅かすことにもなりかねないことも学んだ。

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