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第2回 不完全な記憶・Encounter“出会い”

 オープニングパーティには,入選作家の他,招待作家など多彩な顔ぶれがそろっていた。二次会で私の前に偶然座っていたのが,井上武吉氏(上野の東京都美術館の一階正面に置かれている,大きな鏡面の金属球の制作者)だった。私はまだまだ若造,お酒も入り,いろいろ話を聞いているうちに,「文化庁の芸術家在外研修員制度を知っているか?
 こんな良い制度はそのうちなくなっちゃうから早く行っておいたほうがいいよ」と軽く言われた。偶然耳にした情報がきっかけで,2年後に,この制度をいただいて,1年間MITに行くことになったのである。もしこの一言がなかったら,あるいは,向かいの席に井上氏が座っていなかったら,制度も知らなかったし,MITに行く機会もなかったかもしれない。作品「Encounter Ⅱ」がもたらしてくれた,まさに“出会い”であった。
 同じ年,美術評論家の針生一郎氏がコミッショナーとなった,第15回サンパウロビエンナーレの出品作家にノミネートされた。針生氏とは面識はなかったが,現代美術の公募展に出品したホログラムのインスタレーションを見て声をかけてくれたのであった。サンパウロの現地の広い展示会場にあわせて,手持ちの作品の他,大きなホログラムのスペアがあったので,結局「Encounter Ⅲ」(図C,図C-1)を新しく制作することにした。室内用なので金属のフレームなしで,ベースからアクリルを自立させ,上部の半分の輪はFRPに金属メッキが施されている。図Cは,岐阜県美術館主催の「幻想と造形展-ホログラフィーと振動の不思議な世界-石井勢津子 佐藤慶次郎」の会場写真である。ビエンナーレのサポートは国際交流基金であったが,空輸した作品の総重量は500 kgを下らなかった。今考えれば,本当に贅沢をさせていただいたと思う。
 東京とサンパウロは,地球のちょうど反対側である。飛行機で24時間かかり,とにかく遠い。サンパウロは高原地帯で温暖な気候,ラテン文化の明るさと人懐っこさがある。日系移民のおかげで,いろいろな日本文化が根付いており,旅人には非常に居心地の良い面白い旅であった。毎日どこかの家のパーティに呼ばれていた気がする。「友達の友達は友達」といった具合である。その時出会った知人たちの中には,40年近くたつ今も親交のある友人がいる。ホログラフィーが取り持つ縁である。ブラジルには,その後も2度訪れることとなる。

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