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第1回 冬の旅

 パフォーマーは私自身がやり,レーザー発振はケーガン教授にお願いし,スリー,ツー,ワン,・・・?と,カウントダウンの呼吸合わせを何度練習したであろうか。風船のシーンの時は,準備に家庭プール用のふいごを日本から持参し,ラボの中は,まるで縁日会場のようになってしまった。そして,翌日ラボに行くと,なんと前日はほどよい大きさであったはずの風船は見る影もなく,しぼんでしまっていた。結局,撮影前に,再び多くの風船作りに励むはめになった。ふわりと浮いた状態が撮りたかったので,上からそっと落とせばよかろうと考えた。この場面づくりは1人では無理なので,学生の手も借り,試しにたくさん抱えて上から風船を落としてみたが,なんと静電気で手や腕にぶら下がったままとなり,少々手を払ったくらいでは移動するだけで離れなかった。いろいろと思案の末,体に触れないように紙のボードにのせ,しばらく落ち着かせてから落とすことにした。ところが,少しずつ落とすということがこれまた難しい。ドバッと落ちるようではイメージにあわない。そのうえ,レーザー発振を最適な望むシーンと同調させるのも大変だった。程よく落ちているかが判明するのは,レーザーが光って瞬間のシーンが見えたときである。イチかバチかの作業が何度も続いた。
 素材の多くは日本から持って行ったが,舞台づくりには現地調達品も欠かせず,買い出しに付き合って,かけずりまわってくれたミセス・ケーガン,私1人では手の足りない被写体のパフォーミングには学生のアシストなど,皆の努力の甲斐あって,20枚以上のマスターホログラムが無事撮影できたことは奇跡的?で,本当に感謝の気持ちでいっぱいである。
 スタート時点では,レーザーのコンディションや被写体の舞台づくりなど,途方に暮れた時もあったが,とにかく無事に前半の工程が終了したことに,ホッと胸をなでおろした。グラントのプログラムはこのH1制作で完了である。
 後半の工程は,バーモント州バーリントンのホログラフィックスノースでの作業だ。ここでは,これまでにも何度も制作してきた,唯一プロトタイプの大型のホログラムが制作できるラボである。ここからは私費を投じての制作である。バーリントンは,カナダのトロントへはわずか150~160 kmの北の都市で,移動はコロンバスからクリーブランド経由でさらに北へ進む。寒波はまだ東部に居座ったままだった。
 コロンバス空港からは小型のプロペラ機に乗る。乗機後,なかなか離陸せず,しばらく窓から外を眺めていると,緑色のどろりとした液体で窓ガラスが突然覆われ,ぎょっとした。SF映画のシーンが思い浮かんだのだった。不凍液なのだろうか? そのうち,窓はまた透明になり,ほどなく無事に離陸した。1時間ほどのフライトの予定であったが,途中のアナウンスによると,何やら目的の経由地ではなく,少し南のピッツバークに変更したらしい。次の乗り継ぎが上手く行くのか不安を抱きつつ,いったん空港で降り,次の乗継便ゲートでしばらく待つ。よく観察してみると,そのゲートを出入りする乗客たちはみな,完全な防寒の服装だった。ゲートから目的の機体まではどうやら極寒の外を歩くらしいということがわかる。準備万端にして,ゲートから機内に乗り込んだ。次は約1時間半のフライトの予定であった。機内はこれまた両側1列2列の小型機で,床は靴の雪が解けてびっしょり濡れていて,荷物を座席下には置けない状態であった。この国では,飛行機もまた車のような“足”でしかないとあらためて実感したのだった。コートを脱いで着席して待っていると,やたら寒い。周りを見渡すと,皆防寒着を着たままだった。無駄な暖房はしないということか? 私もあわててコートを着た。機内は暖かく快適なものだと思っていた私の常識は,ここでは非常識であったことを悟る。外を眺めていると,消防の放水車のような車が機体に放水を始めた。湯気が出ているから温水らしい。その後,翼を人力で丁寧に拭き始めた。極寒の天候に飛行機を飛ばすにはこんな苦労があるのか,無事に飛ぶのだろうか,などと思いをめぐらしていたら,またどろりとしたオレンジ色の液体で,視界が突然遮られた。またもや不凍液であった。私は,空港によって色が違うのだろうか?と,おかしなことに感心していた。そして,無事にバーリントン空港に到着した。時間や便の変更のため,迎えの知人との待ち合わせにもいろいろ苦労はあったが,何とか無事に宿に到着した。

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