セミナーレポート

誰にでも分かる,サービス現場でのユーザー特性の画像センシング技術 ~ユーザーの体形,運動,行動センシング~産業技術総合研究所 持丸 正明

本記事は、画像センシング展2010にて開催された特別招待講演プレインタビューを記事化したものになります。

日本のものづくりを救うのは「サービスとの融合」

聞き手:実際のサービスの現場では,「ここまでやるからこそマーケットにつながる」ということになりますね。


持丸:そうなんです。だから私は,「サービス工学研究センター」のセンター長も兼務しています。もう一方の「デジタルヒューマン工学研究センター」というのは,研究室向けのものづくりに関する業務がほとんどです。そうしたものづくりをしていく段階で,販売の支援をすることになり,販売サイトで顧客のデータを集めるようになりました。そうしていくうちに,ものづくりとサービスの区別がだんだん付きにくくなっていきました。
 そういう中で出来上がった私の持論は,「ものづくりとサービスは一体化する」ということでした。よく,ものづくりをする企業がどこかのシンクタンクに高い金を払ってマーケティング手法を開発してもらっていますが,それはあまり賢い方法ではないと思います。なぜなら,その方法だと各企業が同じシンクタンクに金を払って似たようなマーケティング手法を作ってもらっていることになるからです。そうではなくて,「あなた独自の店舗で独自のサービスをしながら,そこでもっと競争力のあるマーケットデータを取っていく」必要があると思っています。
 そうすれば,サービスの現場でいろいろなことができるようになります。例えば,顧客に参加してもらうものづくりも考えられるようになります。実際,アシックスがそういうことをしています。ある人の足のデータを取るときに,「あなたの足のデータはあなたの靴づくりのために使います。ただし,たくさん集まったデータは,統計処理をしてアシックスの靴づくりに使わせていただきます」という合意を取っています。これは,広い意味での顧客参加型のものづくりです。実際にはお客さんが靴を作っているわけではありませんが,わたしの足の情報をアシックスに提供すると,巡りめぐって自分の靴が良くなる,ということになります。
 また別の例では,建設機械(以下,建機)の(株)小松製作所(以下,コマツ)の「KOMTRAX」というシステムでは,世界中の建機にGPSを付けています。そこから得た情報はコマツに集まるようになっています。KOMTRAXの顧客は,自分の建機の世界座標をコマツに発信することに合意しているわけです。なぜ合意するかというと,顧客の建機が例えば夜中に盗まれた場合,そうした情報がコマツから来るサービスがあるからです。しかし,これだけの目的でGPS情報を取得しているのではなくて,そういうデータがたくさんコマツに集まり始めると,ほかのセンサー情報も含めて,例えば,「ある工事現場では非常に燃費が良く,稼働率が高い。類似した工事現場なのにフロリダでは稼働率が低い」ということが分かると,先の燃費の良い工事現場のやり方をフロリダの現場に教えるというサービスを始めることができます。これは顧客にとってメリットになります。たくさんデータが集まると良いことが起きるという一つの例ですね。コマツはもともと,ものづくり企業ですが,この枠組は完全にサービスですよね。
 ものづくり企業が顧客の同意を得て,製品を使っている時のデータや購買する時のデータを集め,それをうまく再利用していくサイクルの中に,たぶん,画像センシング技術が入っていけるのではないかと考えています。つまり,画像センシングにかかわる機材の市場が広がっていくことになります。もし建機に1個,何らかの装置が載れば,一つ一つの価格は安いかもしれないけれど,信じられないほど数が出るようになります。

聞き手:大変面白い話ですね。まさにその通りだと思います。しかし,そうした手法は日本よりも欧米の企業の方が得意そうな気がするのですが。

持丸:おっしゃる通りです。そういう考え方自体は,伝統的に日本企業の弱いところです。でも一方で,わたし自信はポジティブに考えている部分もあります。それはなぜかというと,新しい技術や枠組というものは,危機から生まれると思うからです。
 日本の弱いケースでいうと,例えば,最近はやりのクラウドコンピューティングという手法は,やはり,移民の国から生まれて来るわけです。いろいろな人がいて何かの情報を共有しなければいけないというニーズがより強いからです。一方,日本のように人種がホモジニアス(均質)で「以心伝心」といわれるように,明確に物事を伝えなくても情報が伝わる文化を持った国では,そうした手法がなかなか生まれにくいことになります。また,標準化という技術は欧州が得意です。言葉も違う,文化も違う,宗教も違うような人たちが,ああいう地域に密集して住んでいたら,明確に何かを書き下して「こうだ」と言わないと伝わらないから標準化技術が育ちます。
 そうしたものも含めて,日本のものづくり企業は,今,大きな危機にあると思っています。例えば,「うちはソリューションビジネスに舵を切った」と言っても,ものづくり企業が工場を全部海外に売り払うというようなことは考えにくい。では,徹頭徹尾,人件費の安い海外企業と価格競争を続けるかというと,そういう答えも無さそうです。つまり,それが現在の日本のものづくり企業の行き詰まりであり,危機感なのです。

 わたしは,その危機を乗り切る作戦が「サービスとの融合」だと思っています。例えば,主力をすべてソリューションサービスに移すのではなく,サービスで得たデータをコンテンツにして,それをものづくりに生かし,より利用価値の高い物を作っていく方向です。競争力は,実は徐々にハードウエアのコンポーネントから,先ほど私が「コンテンツ」と呼んだテーブルなどに移っています。ただ,そのテーブルだけでビジネスをするのではなくて,それをハードウエアの構成力や仕様に生かせる技術に持っていくことができれば,価格競争に巻き込まれずにそれぞれの地域のニーズに合ったものづくり力を持てるのではないかと考えています。確かに日本の不得意な分野かも知れませんが,それをやらないと生きていけないのならば,前に述べたような危機的な状況こそが日本の企業に変革をもたらしてくれるのではないかと期待しています。
 センシング技術に関して言うと,従来の工場における生産効率化のためのセンシングや,非常に精度の高いものを作るためのセンシングから,「顧客をいかに知るか」というためのセンシングに主流が変わっていくと思っています。だから,センシングという産業側から見たら,こうした時代変化が起きることを踏まえて技術を開発していくことが重要ではないかと思います。

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産業技術総合研究所 持丸 正明

1993年,慶應義塾大学大学院 生体医工学専攻 博士課程修了。博士(工学)。同年,工業技術院生命工学工業技術研究所入所。組織改編により2001年より産業技術総合研究所。デジタルヒューマン研究ラボ副ラボ長。2010年,デジタルヒューマン工学研究センター センター長。および,サービス工学研究センターのセンター長を兼務。計測自動制御学会,日本人間工学会,IEEEなどの会員。人体の形状,運動の計測とモデル化,産業応用に関する研究に従事。

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