セミナーレポート

感性・意識の画像センシングは可能か? ~画像センシング技術試論~中京大学大学院 輿水 大和

本記事は、画像センシング展2010にて開催された特別招待講演プレインタビューを記事化したものになります。

「心技体」を測る

聞き手:今回の画像センシング展におけるご講演は,テーマとしてどのようなお話になるのかお教えいただけますか?

輿水:タイトルは「感性・意識の画像センシングは可能か?」,副題は「画像センシング技術試論」です。「試論」とはエッセイのことですね。試論とした意味は,解決策そのものを提示することを主眼とせず,課題そのもの,つまり議題を明確に提出したいと思ったからです。
 画像センシングというのは,そもそもカメラという機械で光学現象を物理計測するものです。一方で感性・意識というものは,物質的に存在するかどうかという根本的な問題はありますが,それを注意深く丁寧にセンシングすることが可能かどうかを考えていきたいのです。また,可能な範囲を明確にしたい。カメラ自体は物質機械で,現象をカメラのアウトプットとして計測するわけだから,そもそも何かよく分からない感性や意識なんていうものの測定は「不可能だ」と言ってしまうのも一つの道かもしれません。
 ところが現実の世界では,例えばスポーツ科学で画像処理あるいは画像センシングを使わないトレーニングはあり得ないような状況です。むしろ徹底的に使っています。オリンピックのときなどに,ハンマー投げの室伏広治選手のお父上(中京大学教授)がビデオカメラを構えてスタンドから映像を撮っているところを多くの人が見ているはずです。あれは何を撮っているかというと,心技体を撮っているのです。
 スポーツでは「心技体」といわれますが,「体」の動きを記録することは探求の一里塚であって目的ではありません。本当は技がどのくらい達成されているのかを見ようとしているのです。カメラでは,時々刻々における体の3次元空間内の形や位置が記録されるばかりで,その中に技が抽出されているわけではありません。撮った映像の記録から技の品質を見たいと思っているからこそ,カメラを向けるわけです。
 またスポーツでは,「注意力」や「集中力」,「意識を高める」という点についてよく言われます。ハンマー投げの例で言うと,一般に回転運動をするときに単に「回れ」と指示すると,体の回転と視線の回転は同じところを見ていきますが,ハンマーを投げるための回転のときには,体の軸の回転よりも若干先に眼球が回転していきます。つまり,視線が体の回転を駆動しているのです。集中力や意識というものはもちろんカメラでは見えないけれど,カメラでその人の眼球と正面の映像を同時に撮ると,眼球がどのくらい前駆動しているかということでそれらを評価できるかもしれません。

聞き手:そうしたことを一般化しようとする試みなのですね。

輿水:そうです。そこで,画像センシングというのはどんな科学技術なのかということを,中途半端ではなく徹底的に整理して洗い出そうとするわけです。実は今の例題の中にいろいろなことが埋もれています。
 まず最初は,カメラの画質の問題が客観的な物理計測の問題としてあります。VGAよりQVGAの方が少し悪いというような空間的な意味で。それから,ダイナミックレンジが256階調で本当にいいのかというところもあります。そしてもう1つは,高速度カメラで達成できる時間解像度の問題。低いフレームレートのカメラでは高速なスポーツ運動をとらえきれません。しかしこれを2000枚/秒とか4000枚/秒とかのフレームレートで撮ると,意識しなかったことが見えてくる。カメラを向けるのは,単に身体の動きのワンショットを撮るだけのことではなく,何かを目的にして撮ろうとしている。これが「心技体を計測する」ということです。

聞き手:ようやくカメラで何を撮っているのかが見えてきました。

輿水:ここまでは物質科学の世界のことです。次に,「心技体」の「技」と「心」の計測。これらは,そもそも物質として空間を占めないものでしょう。「私があるところを見ているときの注意深さを測ってください」といってカメラを向けられても,「ぼんやりしている」とか,「居眠りしている」とか,「注意深く見ている」とかはなんとなく分かるけれども,直接それらがカメラに記録されているわけではありません。しかし,記録された映像の中のどこかにそういうことを示すものがあるかもしれない。物質計測を上手に丁寧に使うと,例えば「眼球の動きが泳いでいるから,この人はウソを言っているのに違いない」ということが分かる。意識は空間を占めて形を持たないけれども,意識が形の上に現れるのです。

 われわれの科学技術を使ったココロ計測の方法論では,心理学の手法がよく使われています。ココロ計測技術の展開の可能性は,心理学的な研究の中に散在しています。1つの例はアイカメラです。この装置は運転中の居眠り防止などのための計測に使われます。運転しながら居眠りするという状態は,目は開いているけれどもどこかを見てるわけではなく,じっと滞留してしまっている状態を示します。覚醒した状態で運転していると,交差点に来れば左右を見るし,路地があればそちらに気を付けます。われわれはアイカメラを使って,意識を見ようとしているわけです。眼球の動きから,注意力が適正か適正でないか分かるわけです。非常に大雑把な言い方ですが,眼球というものは脳の中の状況をもっともセンシティブに,忠実に,あるいはデリケートに表しています。
 また,人は笑うときに,本当にうれしくて笑うときとおべっか笑いが異なるといわれています。笑うときは目尻と口元が動きますね。目尻は笑うと下がります。口角は笑うと上がります。それでは,本当の笑いかどうかを見分けるには,この目尻と口元の関係からどう判断したらよいか知っていますか?

聞き手:どちらも目尻が下がって,口元が上がるような気がするのですが。

輿水:確かに。でも,それぞれの動くタイミングが違うのです。

聞き手:どちらかが先とかあととか。本当に笑うときには口が先に動くのでしょうか。

輿水:そうです。さすがに年齢を重ねているだけある(笑)。口元が緩むのが先だそうです。これを知った人は逆手にとってウソの笑いを本当の笑いに見せるというテクニックもありそうですが。

聞き手:いいことを聞きました(笑)。

輿水:でしょう? この話は何を言っているかというと,人のココロの動きは,目尻の動きや口元の動きとしてカメラに写るということです。物質計測の中に,ココロ計測やココロセンシングへと導く手掛かりがたくさんあるのだから,その手がかりを徹底的に探しましょうということです。
 さらに「本当の笑い」の続きですが,本当にハッピーで笑うときには顔のシンメトリー(対称性)が崩れないそうです。一方で,政治家が「しめしめ,やったぜ」といって笑うときにはシンメトリーが崩れる。あ,政治家の悪口はいけませんね。私たちも同じです(笑)。これも手掛かりの1つでしょう。ココロのセンシングや感性センシングというテーマは,私たちが人間にカメラを向ける瞬間に,「感性・意識のセンシングをしたい」と思って向けていることが前提なのです。

<次ページへ続く>

中京大学大学院 輿水 大和

1975年,名古屋大学大学院博士課程修了(工学博士)。同年,名古屋大学工学部助手に就任し,名古屋市工業研究所に所属。1986年,中京大学教養部教授に就任。1990年,同大学情報科学部教授。1994年,同大学院教授。2004年,情報科学部長。2006年より情報理工学部長, 2010年より大学院情報科学研究科長に就任。画像センシングや画像処理,顔学,デジタル化理論OKQT,ハフ変換などとそれらの産業応用の研究に従事。IEE,IEICE,SICE,JSPE,JFACE,JSAI/QCAV,FCV,MVA,SSII,ViEW,DIAなどで学会活動中。JFACE副会長,SSII会長,IAIP委員長など。仲間とともに,SSII2010優秀学術賞,小田原賞(IAIP/JSPE,2002,2005),IEE優秀論文発表賞(2004,2009,2010,2011など),技術奨励賞・新進賞(SICE2006,NDI2010)などを受賞。

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