【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

面白い種はいっぱい転がっているから,気がついたらおやりなさい東京工業大学 辻内 順平

受賞の理由の一つは,世界で最初に画像復元の実験に成功したから

聞き手:今回のLeith賞の受賞理由をお教えください。

辻内:先ほどの手紙の文章は “for early pioneering work in optical information processing, holography and optical metrology, including the first demonstration of coherent optical processing for image restoration”とありますが,Optical information processingは光を使った情報処理のことで,コンピューターが普及する前の情報処理によく使われた技術です。Holographyはホログラムの記録,ホログラムの応用を含む広い研究分野,Optical metrologyは光を使った測定技術をさします。これらはすべて私の専門分野であり,その分野すべての業績が評価されたことになり,大変うれしい受賞でした。
 特にこの文章の後半“including the first demonstration of coherent optical processing for image restoration”は,私の研究活動の原点となった研究であり,初めての外国生活(フランス・パリ)での研究であったため多くの思い出があり,また自信のある結果が得られたので,これが評価されたのは大変うれしかったですね。つぎにこの話を少しします。
 “image restoration”というのは,レンズの焦点外れや収差などで不鮮明に撮影された画像を元へ戻すという方法のことで,“first demonstration”と書いてあるのは,それまで誰もやっていなかったことを,最初に成功して見せたということを表しています。
 それがこの写真(写真2)です。上が不鮮明な写真で,下は復元したものです。特に小さい文字がまったく読めなかったのが読めるようになっています。ご存じでない方もいらっしゃるかもしれませんが,実はこの写真はO plus E誌の「1枚の写真」でも紹介いただいております。


写真2 焦点外れによる劣化した像(上)とその修正像(下)細かい文字がかなり読み取りやすくなっている。また,修正像がフチ取りのように見えるのは焦点外れによって失われた情報の後遺症。これを目立たなくするには,処理に使う逆フィルターのドーナツ型位相フィルターの周辺を含んで吸収層を設ければ良いが,非常に小さいため実現は困難で断念した。


聞き手:1986年2月号に掲載されています。

辻内:O plus E誌への写真の掲載は約30年前ですが,この研究は1958年から1960年までの期間,60年近く前の仕事です。このような実験方法は光の干渉,回折を使うので,コヒーレント光学情報処理と呼ばれていました。
 最近のコヒーレント光学ではレーザーを使うのが常識となっていますが,当時はまだレーザーは無く,超高圧水銀灯にフィルターを併用したe線を使っていました。
 当時はこのような研究が先端的テーマの一つとなっていて,あちこちで研究をしていて,誰が最初に成功するか競争になっていました。
 一番のライバルは,André Blanc-Lapierre.というアルジェ大学の先生でした。実は私は彼のところへ行ってみようと思って,パリの日本総領事館へ相談に行きましたが,当時アルジェリアではフランスからの独立運動が始まっていたので,「危険だからお止めなさい」と止められました。私が論文を発表すると,その後は全く彼の論文が出なくなりました。「これはやられた」と思ったのでしょうか。
 ともかくこの研究のpriorityは私がいただくことになりましたので,この成果を出せば,賞を取れることは確実だと思っていたのです。
 最初のデモンストレーション,つまり世界で最初に行ったことがこの受賞の理由の一つとして書かれていますが,こんな古い話をよく見つけてくれましたねとお礼を言いたいと思ったので,授賞式に出てみようと思っています。
 私が受賞を逃がした昨年の受賞者が,Francis T. S. Yuというフィリピン出身の人でした。ペンシルバニア州立大学の先生で,私も個人的によく知っていましたので,本当はお祝いを言ってあげるべきでしょうが,今回はちょっと悔しく感じたので,止めました。
 彼とはあちこちで会ったことがありますが,鮮明な記憶に残っているのは,アメリカで1991年6月に開催されたGordon Research Conferenceの時でした。アメリカのなじみの無いところからの手紙で,そのカンファレンスに招待され,「CT画像から人体の骨格を取り出し,ホログラフィック・ステレオグラムで立体表示する方法」について話してほしいと言うことでした。この方法は私どもの共同研究グループ(富士写真光機(当時,現 富士フイルム),凸版印刷,国立がんセンター病院,東京工業大学,慶應義塾大学医学部)で確立して,試作機を完成し,少し前に英文論文を発表し,また確か毎年SPIEがサンフランシスコの近くのサンノゼで開催するPhotonics West講演会で披露した直後でした。
 残念ながら私はGordon Research Conferenceのことは全く知りませんでしたので,返事を書いて予稿はどうするのかなど,いつも国際会議のときの決まりを問い合わせましたが,「予稿も何も要らない。とにかく来て,そのことを話してほしい」と言われました。このカンファレンスでは招待講演1件のみで,発表に1時間,質疑応答に30分程が与えられました。ボストンからカナダへ行く道の途中にある静かな街PlymouthにあるPlymouth State Collegeが会場で,そこの宿泊施設に泊まり,講演会は夕方に開催され,近くの湖での船遊びもあって楽しい講演会でした。カンファレンスには,E. N. Leithも参加しました。夕食はメニューが選択でき大変おいしかったことを覚えています。
 私がその講演で一番多く受けた質問は,CT画像から取り出した数百枚の写真を入れ替えながら表示する液晶画像表示素子のことでした。それは松下電器(現パナソニック)と共同で開発したものでしたが,それは購入できるか?値段はいくらか?などの質問が出て驚きました。
 Francis T. S. Yuは,このときのカンファレンスに参加していて,質問のときに次のGordon Research Conferenceに自分を推薦してくれないかという一種の選挙演説をやりはじめたので,評判がよろしくありませんでした。でも,その彼が昨年のこの賞に選ばれたので,「よし,負けるものか!」の気分が出たことも事実です。
 アメリカのもう一つの光学分野の学会であるSPIEでは,今年は宇都宮大学の谷田貝先生と武田先生がそれぞれDennis Gabor賞とChandra Vikram賞に選ばれました。今度の件では上記お二人にいろいろお世話になりましたので,「全部そろったトリプル受賞だ」と喜んでいます。
 いろいろありましたが,授賞式は9月ですので行ってきます。ただワシントンD.C.は遠いのです。東海岸でしょ? 西海岸なら近いのですけれども,うまい具合に往復とも羽田発着の便が取れましたので,喜んでいます。 <次ページへ続く>
辻内 順平

辻内 順平(つじうち・じゅんぺい)

1951年3月 東京大学理学部天文学科卒業 1951年4月 通産省機械試験所研究員 1958年9月 Institut d'Optique(Paris)留学 1959年9月 CNRS(Centre National de la Recherche Scientifique)研究員 Institut d'Optique勤務 1959年9月 機械試験所 休職 1960年5月 帰国・旧職複帰 1962年3月 工学博士(東京大学) 1968年4月 東京工業大学教授(工学部) 1988年3月 東京工業大学定年退官 1988年4月 東京工業大学名誉教授 現在に至る 1988年4月 千葉大学教授(工学部) 1993年3月 千葉大学定年退官
●研究分野
応用光学(光情報処理・ホログラフィー・光学計測)
●主な活動・受賞歴等
1981年9月 ICO(International Commission for Optics) 会長(84年8月まで) 1988年4月 応用物理学会会長(1990年3月まで) 1995年7月 日本医用画像工学会会長(2004年6月まで) 1996年 名誉博士(INAOE,メキシコ) 1972年 OSA(USA)フェロー 1990年 SPIE(USA)フェロー 1990年 Institute of Physics(UK)フェロー 1962年 光学論文賞(応用物理学会) 1981年 技術賞(日本写真学会) 1987年 会長特別賞(SPIE,USA), J. Petzval賞( ハンガリー) 1997年 C.E.K. Mees Medal(OSA,USA) 2004年 藍綬褒章 2011年 業績賞(応用物理学会) 2017年 Emmett N. Leith Medal(OSA,USA)

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