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複雑に見えても,別の角度から見ればすっきりと単純な形に見える東京工芸大学 名誉教授 川畑 州一

大学の生活そのものが勉強になり楽しかった

川畑:研究では,蒸着初期の薄膜の厚さを測っていたわけですが,当然蒸着しながら測らなければいけないので,真空中のサンプルに外から光を入れて測ることになります。その時の問題の一つが窓のひずみでした。中を真空にするので窓には大気圧がかかり,複屈折が出たりするのです。それを避けるために,ガラス細工の論文などをいろいろ調べました。結局,研究室の先輩から,ひずみが少ないシリカの石英ガラスを使うことをアドバイスされました。
 また,窓もフランジで締め付けるとその応力分布がまた複雑になるので,Oリングを用いて大気圧で押さえ付ければひずみが少ないとか,多くの先輩からいろいろな知恵をいただきました。そうして蒸着初期の変化を測定できるようになりました。
 装置自体もほぼ手作りでした。真空装置の容器は専門のところで作ってもらいましたが,サンプルを支持する試料台は,光路にそって調整できるようにする必要がありました。本来なら職人さんに作ってもらうようなものでしたが,先輩から自分でやれと言われて自作することになりました。
 それで,工作工場に通い詰めたのですが,工場の人たちは職人かたぎの人が多く,最初はものすごく荒っぽくて不親切なのです。旋盤が4つか5つぐらいありましたが,私が作業していても終業の4時半になると,もう閉めるからと言われるので材料を施盤から外します。芯を出して削っているので,1回外してしまうと芯がずれてしまいます。だから,その日の仕事はそこでお終いになってしまいます。翌日また0からのスタートです。
 旋盤も良いのと悪いのがありましたが予約はできませんでした。どうしても良いものを使いたいですから,朝早く工場が開く前から待っているようになりました。そうしているうちに工場の人たちも,良い機械を優先的に使わせてくれるようになり,ある日ついに機械から外さなくていいよと。
 今考えてもいろんな意味で研究だけではなく,大学の生活そのものが勉強になり楽しかったと思います。だから,もう嫌だなとかと,そういうことはあまりなかったですね。周りに聞ける人もいたし助けてくれる人もいましたから。

複雑に見えても,別の角度から見ればすっきりと単純な形に見える

川畑:また,木下先生の話が分かりやすかったことも大きいと思います。本質を突いたように説明してもらえたので,はっとすることも結構多かったです。何か複雑そうに見えても,別の角度から見ればすっきりと単純な形に見えるのだということも教わりました。難しいことを難しいまま理解したのでは相手にも伝えにくいし,自分自身も本当に分かっているのかどうかよく分からない。それがすっきりと見えていれば自分でも確信が持てますし,他人にも説明がしやすくなります。
 何か新しいことをしようとした時に,それでいいのかどうかを聞く人はいません。それが誰にも分からないことであれば,自分で導き出した結果も,果たしてそれでいいのかどうかの確証が持てません。それを成果として発表する時に,どうすれば自信が持てるかというと,いろいろ見方を変えてみればいいのです。例えばある証明をした時に,一つの方法だけではなく,もう一つ別の方法も試してみて,その二つが一致すればそれは間違いないだろうというふうに。なおかつその二つの道が一度に見えるような視点を見つけることが自信につながるのです。
 私がM1の時のことですが,先輩から偏光解析法のデータを解析する新しい方法の検証を頼まれました。その時にまた,それとは違う方法でも解析が可能なことが分かり,その2つの方法をまとめて,ある国際会議で発表することになりました。会議で発表するための論文を書き,参考文献を調べていくと,なんとほとんど同じやり方の論文が見つかりました。このままでは発表できないということになり,それでもう少し何か違う方法を探しました。最終的には図形的に考えることで,その論文の方法をも包括するような形でまとめることができました。これははじめから意図してやれるわけではなく,出てきた結果に対して自分なりの理解ができたことが良かったのだと思います。
 ある意味で単純に理解することが一番シンプルだし明快だと思います。込み入った理解というのは間違ってはいないかもしれないけれども,まだ十分ではない。自分の中でまだ複雑だと思うものは,まだ革新的なものにはならないのです。
 物理の法則もそうですが,核心を突いていると,とてもシンプルで単純明快にまとまっています。そこまで至ってないと,非常に複雑で枝葉が多くて,どこが幹でどこが枝かというのが分からないのですが,見方を変えることで剪定ができてすっきりとしてきます。これは本当に試行錯誤です。
 どこかに初めて出掛ける時,そこに行くための道が分かっていても,距離感もよく分からないし方向もあやふやに感じます。その道だけ歩いても全体的な位置関係はよく分かりません。実際に歩いてみて路地に入って迷ったりしていくと,つながりが分かり平面的になり,高いところに上がったりすると立体的になります。そうするとその街の地形がよく分かってきて,どこに行くにはどうやって行けば早いとかが分かるようになります。
 学問も同じようなところがあって,一つの道筋だけではなくいろんな方向から見て,たくさんそういう見方が集まることで物事が単純で説明しやすくなると思います。ただそれにはある意味で無駄な時間がかかるのです。 <次ページへ続く>
川畑 州一

川畑 州一(かわばた・しゅういち)

1948年 宮崎県生まれ 1973年 学習院大学理学部物理学科卒業 1978年 学習院大学大学院自然科学研究科 物理学専攻,博士課程満期退学 1978年 学習院大学理学部物理学科助手 1980年 理学博士(学習院大学) 1980年 東京工芸大学工学部講師 1988年 同 助教授 2002年 同 教授 2014年 東京工芸大学工学部 定年退職 2014年 東京工芸大学名誉教授 現在に至る
●研究分野
偏光及び偏光計測,エリプソメトリー(偏光解析法)と蒸着薄膜計測への応用
物理教育全般
●主な活動
2010年~2014年 偏光計測研究会代表
1999年~2012年 私立大学情報教育協会 物理学情報教育研究委員会委員

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