【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

ペロブスカイトの成功は人のつながりがなければ成し得なかった桐蔭横浜大学工学部 大学院工学研究科教授 宮坂 力

基礎研究は楽しむだけでは駄目

聞き手:研究・開発プロセスにおいて,自信を喪失されたり試行錯誤して苦悩された苦いご経験がありましたら,是非そのエピソードをお聞かせください。

宮坂:特に太陽電池の研究では,効率と耐久性が2本柱で常に問われます。効率というのは,太陽スペクトルに対して出てくる電力で,まず,広い太陽スペクトルをどれだけ吸収できるかという光吸収能力と,さらに,この吸収した光を電気に変える能力が出てくるわけです。
 私は太陽電池をフレキシブルフィルム化する研究では,残念なことに,この2本柱がガラス型に比べると両方とも低いのです。というのは,フィルムでつくる素材は低い温度でしか製造できませんから,製造工程が限られてくる。低温でつくるとどうしても性能が出てこないし,耐久性も低い。だから長い間,ガラス基板でつくった素子とフィルムの素子とを比較され続け,常に劣等感を抱いていました。
 ただ,企業での研究でしたから,そこでの研究は,つくるものが社会で受け入れられる用途を考えて,その用途に向けてつくり込んでいく事になります。
 例えば,ガラス型でいいものをつくっても,シリコンと比べて駄目であれば,結局出番がなくなります。ならば,急がば回れでフィルム型ならではの魅力をいかしたものを作るのだと言っています。
 ただ,これをなかなか理解してくれない。大学の先生になると理解してくれるのですが,太陽電池の研究というと,NEDOだったり国が絡んできて,国からのお達しが来るわけです。技術系の事務官が社会の動向を見ていて,常に太陽電池ではシリコンを相手にするのです。そうではないのだということを口酸っぱく言うのですが,なかなかそれを分かってくれないのです。
 それを打ち破るためにどうしたかというと,やはり口では駄目だから,実際制作したものを持ち出して見せる。
 それと太陽電池という言い方が,私はあまり好きではありません。英語では,photovoltaic deviceという表現があります。日本語にするなら,光を電気に変換する,光電変換素子という感じでしょうか。
 なぜ太陽電池という表現が嫌いかというと,相手を太陽と限っているからです。例えば,屋内のオフィスにあるパーテーション,これを全面太陽電池にしたとしたら,相手にする光は太陽とは限らないわけです。だから,このパネルを太陽電池ですよと言っても,ピンとこないこともある。そこで,ブレークスルーとして,弱い光が当たった時にどれぐらい発電するかということを示しました。だいたい200ルクスとか1,000ルクスの弱い光です。  これぐらいの弱い光では,世の中で実用化している太陽電池は機能しません。特に,シリコンはまったく機能せず電圧が出ません。強い太陽の光であれば,所定の電力を出すことができますが,こういう弱い光だけになると,もう別世界なのです。そこで,どれぐらい感度が高いかということをデータで示しました。それを示すことで,優位性というのを分からせたのです。今は,ようやくエネルギーハーベストという産業出口が明確になってきたので良かったですが,当時はなかなか難しかったです。
 企業にいた経験から,社会で通用するものに結び付けたいという思いがありますから,あまりにもつくる工程に時間がかかるとか,素材が高価であるものとか,そういうものは自分ではあまり評価しないようにしています。基礎研究を楽しむだけというものでは駄目だと思っています。

エネルギーの取引は面白い

聞き手:最後に,光学分野の若手技術者や学生などに向けて光学分野の面白さやメッセージをお願いします。

宮坂:なかなか光のエネルギーの強さというものを,物理的な意味で分かってない学生さんが多いと思います。私が経験したように,熱と電気と光の持つエネルギーの違いというのを分かって,光とはどういうものかというのに魅力を感じてもらいたいなと思います。私たちは常に光にさらされているわけですから。
 よく話すのは,紫外線で日焼けや皮膚炎になりますが,これを物理で考えると,紫外線の光というのは,波長で言うと350から400ナノメートルぐらいです。この光はアインシュタインが証明したように,粒子であって,光子という粒子として数えられると同時に,1つの粒子が波動を持っています。
 紫外線の光子,フォトン1つというのは,おおよそ3.5エレクトロンボルトのエネルギーを持っています。植物の光合成には,700ナノメートルの赤い光が用いられますが,これはおおよそ1.8エレクトロンボルトのエネルギーがあり,これを熱エネルギーに換算すると,いろんな換算方法があるのですが,1モルの水にすると,温度で2,000℃以上になるのです。2,000℃以上の熱に相当するエネルギーが,光ならば,赤い光を当てて得られるのです。こういう,エネルギーの取引は面白いので,よく知ってほしいですね。
 それから話が変わりますが,今,ITが本当に便利になってきていますが,かなり電気エネルギーを消費しています。この増えていくエネルギー消費に対しての,省エネルギー,節電,節エネルギーに向けての感度を高めてほしいなと思います。これから,どんどんエネルギー消費が増えていくと思いますが,今の若い世代がなんらかのブレークスルーをつくっていかないと,本当に化石エネルギーが枯渇する時代が来てしまいますから。今はまだ,過ごしやすいからいいのだというのではなく,自分たち一人一人がどうやってエネルギー消費を減らしていくかということを,人任せではなく考えてもらいたいと思います。そういったところも,光の能力ということも含めて,勉強してみてはと思うのです。
宮坂 力

宮坂 力(みやさか・つとむ)

1976年 早稲田大学理工学部応用化学科卒業 1978年 東京大学大学院工学系研究科工業化学修士課程修了 1980年~1981年 カナダ・ケベック大学大学院生物物理学科客員研究員 1981年 東京大学大学院工学系研究科合成化学博士課程修了 1981年 富士写真フイルム(株)入社,足柄研究所主任研究員を経て2001年より現在桐蔭横浜大学・大学院工学研究科教授
この間 2004年~2009年 ペクセル・テクノロジーズ(株)代表取締役(兼務)
2005年~2010年 東京大学大学院総合文化研究科客員教授(兼務)
2006年~2010年 桐蔭横浜大学 大学院工学研究科長
2010年~2013年 桐蔭横浜大学研究推進部長(兼任)
●研究分野
物理化学,電気化学,光電気化学,ナノ材料工学
●主な活動・受賞歴等
2002年 (財)化学技術戦略推進機構「アカデミアショーケース」 2004年 横浜市ベンチャービジネスプラン「アカデミー賞」 2005年 Scientific American 50 selection 2009年 グリーンサステナブルネットワーク文部科学大臣賞 2012年 日本写真学会学術賞

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