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「もしかしたらできるんじゃないかな」と思ってやってみる(後編)東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構機構長 村山 斉

「世界の目に見える研究所をつくるため」に共鳴した

聞き手:アメリカを拠点にされているなかで,アメリカの人々の考え方と日本の人々との考え方で,明確に違うなあと思われたことはどんなことがありますか。

村山:違うことはいっぱいあります。例えば,研究に関して言うと,どうやって人に認められてのし上がるかという気持ちは,彼らはすごく強いのです。やっている研究の内容は同じでも,その見せ方みたいなのはものすごく違います。「あなたは何をやっているのだ」と言われたら,30秒から1分でサクッと,自分はこれに取り組んで,こんな面白いことをやっているのだ,とアピールしないといけません。そうすると,それを聞いた偉い先生が,「何か面白そうじゃない。具体的にどういうことをやっているの」と聞き返して,また少し長く説明するというスタイルで,自分を売り込んでいくのです。
 この研究所をつくるときに,機構長なんてやりたくないと言ったのですけど,1つだけ共鳴したところがありました。それは,政府がこういうものをつくるのは,世界の目に見える研究所をつくるためだということです。日本の研究は素晴らしいのに「見えてない」という意識があるということです。確かに,私もアメリカでそう思っていました。日本の知り合いが良い論文を書いて,頑張っているなあと思っていると,周りのアメリカ人は,「あのジャパニーズペーパーが」と言うのです。「誰々の」ペーパーではないのです。知らないから,顔が見えてないからです。だから,本当はこんなにすそ野があって,良い人がいっぱいいても,顔が見えてないという現実は,すごくひしひしと感じたのです。もったいないなあと思いました。
 「自分を見せる」ことを日本の学校では訓練されないし,文化的にも「はしたない」感覚があるので,たまたま光ったものが出てきたときだけ世界が注目するけれど,そこにどれだけすそ野があって,どんなに良い人がいっぱいいて,どんなに素晴らしい研究が行われているかというのが見えてこない。それを変えなければいけないのだ,というのがこのプログラムの趣旨だったようです。少なくともそういうふうに理解しました。だから,およそできないような気がすると言いましたけれども,その点は少なくとも変えられるかなと思ったのです。
 要するに,もっとツーカーにすれば良いわけです。だから,この研究所をつくるときに,どんどん人を呼んできて,ここにいる研究者でも,世界の研究者に,いつでも会えるようにしました。ここでは,ちょっと小さめのアメリカの大学にいるよりも,はるかに有名な人がたくさんくるという環境に,喜んでもらえているのです。そういう環境をつくっておけば,分野のリーダーたちが来たときに,さっき言ったような方法で自己アピールして,日本の研究所にはこんな元気な若いやつがいたよ,というのをどこかで言ってくれれば,次の職が見つかるかもしれないわけじゃないですか。全部派生効果でいくわけです。採用の時もぜひここの研究所に来て仕事をしてください,というオファーレターを出すときに,ここのポリシーでは,年に11カ月以上日本にはいてはいけない,と説明します。要するに,積極的に外国に出て行って,自分を売ってこい,海外に行って話してこいということです。大学の研究所に行って,一緒に共同研究してこい,一緒に論文書いてこい,というのを,ルールとして言っているわけです。
 特にアメリカ人には,そのルールを言うと,初めて,「それなら安心して行けるね」と露骨に言われました。彼らは,日本という国に来ることが本当に怖いのです。さっき言ったように,顔が見えてない印象がある国に自分が行ったら,自分も見えなくなると思うわけでしょう。そうすると自分の将来がなくなる,と思うわけです。これは行き止まりだ,そんなところには絶対行きたくない。そうではないんだという環境をつくりましたよ,ということで初めて納得してくれる。だから,そのスタイルの違いというのはすごく大きいです。
 それから,特にバークレーが特別かもしれないですけど,自分の分野はこうですというような,自分に枠をはめる,そういう考え方がすごく少ないので,どんどん興味あることはやってしまうということを,日本人はもっと学んだほうがいいかなと思います。
 でも,日本人は逆に,こつこつやるところがあって,問題だと思ったことも,壁に当たりながらも,なんでもとにかくウーッと押しながらやっていくというところがあって。アメリカ人は逆にちょっとちゃらんぽらんというか,そこまで頑張らない傾向はあると思います。だから,日本人みたいに深く考えて,頑張って突破するというやり方と,アメリカ的な見せ方を結び付ければ,多分すごいいいことになるのじゃないかなあと思っていて,そういうことができる研究所になればいいなという,そういう設計なのです。
 あと,私は,日本の産業界が元気がないとは思えません。日本の中でそう思っている理由というのは,それまで中心的だった,メモリーを量産するとか,液晶テレビをたくさんつくるとか,そういうスタイルの産業は,台湾とか韓国に食われて,取られてしまったというところのことを言っているのだと思います。もちろんそれもあるでしょうけれど,最先端で,どこが頑張っているかといったら,日本だという気がします。最先端の技術を思い付いて,実現化して,商品に結び付けるのはできていると思うので,それをビジネス的にどううまくつながるかというところがしっかりすれば,日本の産業はたぶんすごいのではないかなという印象を持っています。  逆に,学問は,ノーベル賞もたくさん出ているからすごいという印象があります。でもよく見てみると,10年前だったり30年前だったり50年前の仕事がノーベル賞になっているので,今学問が元気だという証拠にはならないです。私はそっちのほうが怖いです。 <次ページへ続く>
村山 斉

村山 斉(むらやま ひとし)

1964年 東京都八王子市生まれ 1986年 東京大学理学部物理学科卒業 1991年 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了 1991年 東北大学助手 1993年 ローレンス・バークレー国立研究所研究員 1995年 カリフォルニア大学バークレー校助教 1998年 カリフォルニア大学バークレー校准教授 2000年 カリフォルニア大学バークレー校教授 2004年 カリフォルニア大学バークレー校MacAdams 冠教授:現職 2007年 東京大学数物連携宇宙研究機構初代機構長(現カブリ数物連携宇宙研究機構):現職
●研究分野
素粒子物理学
●主な活動・受賞歴等
2002年 西宮湯川記念賞受賞
2003年 米国物理学会フェロー
2013年~米国芸術科学アカデミー会員

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