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「もしかしたらできるんじゃないかな」と思ってやってみる(後編)東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構機構長 村山 斉

3つの必要条件のフェーズがうまく合ってきて,今がある

聞き手:話は変わりますが,最近,物理学が活況を呈してきている気がするのですが,村山先生はどのようにお考えでしょうか。

村山:3点あると思います。1つ目は,技術的な進歩があって,今までできなかったことができるようになったことです。それは,この本の読者にもあたる技術者の方々のおかげです。
 例えば,すばる望遠鏡のカメラも,本当に技術に支えられているのです。すばる望遠鏡は鏡の大きさが8.2メートルあって,F値が2.2ですから,約16メートル上に焦点があるわけです。そんな高いところに大きなカメラを付けようと思うと,全体をものすごく頑丈につくらなければいけないので,普通はやらないです。でも,すばるは,無理やりその主焦点に装置を付けられるように頑丈につくったおかげで,視野が非常に大きいのです。アメリカのハッブル宇宙望遠鏡に比べて視野が千倍大きいのです。
 今,すばる望遠鏡を使ってやろうとしている観測計画は,宇宙の暗黒物質の地図を広大な範囲でつくって,その背後にある暗黒エネルギーの性質,そして宇宙の運命を明らかにするという,言ってみれば宇宙の国勢調査のようなものです。そのためには,ものすごくたくさんのものを見なければいけないし,それで初めて宇宙全体の傾向が分かるのです。でもそれをハッブル宇宙望遠鏡でやろうと思うと何千年かかります。視野が千倍あるすばる望遠鏡でなら,数年でできるのです。そもそもそういう望遠鏡をつくれてしまったというのが大事なのです。他にも星の動きを「手ぶれ」なしに大きな鏡を動かしてピタッと追尾する技術,何十億年もやってきた貴重な光の粒を逃さず効率よく捉える技術など,全部技術の進歩のおかげで,できるようになったわけです。
 それから2つ目には,計算機の進歩があります。いろいろな観測も実験も巨大化しているので,例えばLHC実験では,100ペタバイトとかいう,ものすごい量のデータが出てくるのです。それを,世界的に共有して解析しなければいけません。1個のコンピューターではできないので,グリッドという,世界中のスーパーコンピューターを高速ネットワークでつなぐシステムをつくりました。世界全体が一つのスパコンになったようなシステムです。そういうものができたから,膨大なデータを解析できて,その中にちゃんとヒッグスが埋もれているということを拾い出すことができたのです。
 3つ目は,どんなデータが出て結果を出したとしても,それを理論と比べることができなかったら,やはり何だか分からないわけです。その理論的な予言をきちんとする,この理論は一体どういう意味の理論で,どういうふうに解釈して,どういうふうに使ったら良くて,それを具体的に計算してみる手法があって,最終的には,計算機を使って計算することもできるようになったから,その意味が分かるわけです。
 だから,この3つともなかったら進歩しないです。いま,おそらくその3つがうまくフェーズが合ってきたのではないかという気がします。どれか1個だけでも駄目ですから。素粒子の分野では,わりと長いあいだ,理論が先行して実験できないという時代があったわけです。天文では,いろいろな種類の天体が見つかってきて,観測がどんどん進むのは良いけれども,それは何だろうかという理論がなかなか分からない,という場合もあります,膨大な計算をして,シミュレーションをして,やっと理論が追いついてきているというのがあるわけです。今起きている,すごく華々しい進歩というのは,その3つの必要条件のフェーズがみんなうまく合った例なのだと思います。

聞き手:膨張宇宙論は寂しい未来を予感させますが,それは正しいのでしょうか。寂しいという感情は間違っているのか,どうなのでしょうか。

村山:寂しいですよ。具体的に何を言っているかと言うと,宇宙の膨張が今どんどん加速しています。暗黒エネルギーという変なやつがあって,宇宙の膨張を押しているわけです。どんどん加速しているということは,今遠くに見えている銀河がどんどん加速して遠ざかっているということなので,いずれ見えなくなってしまうのです。何が起きるかというと,われわれの銀河の中の星とか隣のアンドロメダぐらいは重力で引っ張り合って,一緒にいると思いますけれど,もっと遠くの,われわれの重力で引っ張り合っていない銀河は,宇宙の膨張とともにずっと向こうに行ってしまい,しばらくすると,全く見えなくなるのです。だから,本当に寂しい宇宙になります。遠くの銀河を観測して宇宙の全体がどうなっているか調べる研究というのは今しかできないので,国には早く予算を付けてもらわないと困るのです(笑)。
 もっとひどい可能性として,その暗黒エネルギーがどんどん加速を進めていく場合だと,われわれはアンドロメダとも引き裂かれるかもしれないし,われわれの銀河自身も,星々がばらばらに引き裂かれるかもしれないし,いずれは星も引き裂かれてばらばらになるかもしれないです。そういうのを「ビッグリップ」とか「巨大な引き裂き」と呼んでいて,そういう運命だとしたら,もっと寂しいです。ビッグリップになるかどうかはまだわかっていませんが,加速膨張の将来は確かに寂しいのです。

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村山 斉

村山 斉(むらやま ひとし)

1964年 東京都八王子市生まれ 1986年 東京大学理学部物理学科卒業 1991年 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了 1991年 東北大学助手 1993年 ローレンス・バークレー国立研究所研究員 1995年 カリフォルニア大学バークレー校助教 1998年 カリフォルニア大学バークレー校准教授 2000年 カリフォルニア大学バークレー校教授 2004年 カリフォルニア大学バークレー校MacAdams 冠教授:現職 2007年 東京大学数物連携宇宙研究機構初代機構長(現カブリ数物連携宇宙研究機構):現職
●研究分野
素粒子物理学
●主な活動・受賞歴等
2002年 西宮湯川記念賞受賞
2003年 米国物理学会フェロー
2013年~米国芸術科学アカデミー会員

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