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「もしかしたらできるんじゃないかな」と思ってやってみる(前編)東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構機構長 村山 斉

できないと思ったけど,がむしゃらにやって何とかここまで来た

聞き手:バークレーに行かれて,その後,日本で数物連携宇宙研究機構の機構長をするようになったいきさつについて教えていただけますでしょうか。

村山:それはだまされたからです(笑)。政府の肝煎りでつくった世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)が文科省から出され,新しい研究拠点をつくるための公募をしますという話があったのです。ぜひ応募をしたいのだけど,これの拠点長候補になってくれと,わざわざバークレーの私の研究室まで知り合いが来て話すのです。話を聞いても訳が分からないし,別に自分はバークレーでハッピーだし,「結構です,お帰りください」と言いました。断ってからも,何だかんだとメールを送ってきて,最終的にこれから提案するところで,通らないだろうし,取りあえず提案書だけ書いてくださいと言われ,自分でも確かに通らないと思ったのです。まあ,知り合いでもあったので,「じゃあ,書いてあげますよ」と出したら,通ってしまいました。だまされたのです,本当に。
 ショックでした。こんな野心的なプログラムは絶対うまくいかないと思いました。だけど,私の名前で提案書が出ていて,それが通ってしまったから,やらないわけにはいかなくなってしまったのです。2007年10月1日に,数物連携宇宙研究機構(IPMU)が発足したことになっているのですけど,10月1日にはまだ,この建物もないし,隣の建物の一番奥のほうの部屋を借りて,事務の人が4人いて,それだけで始まりました。研究者は1人もいなかったのです。
 私もアメリカで授業をやっていたので,主任研究員の人たちとで集まって,こういう方針でやりましょうかと相談はしたのですけど,ずっといることもできなくて,遠隔でメールのやりとりをして,まずウェブサイトをつくるところから始まったのです。うまくいくとはおよそ思わなかったです。でも,始まってしまったから,やらないわけにいかないので,がむしゃらにやってきて,何とかここまで来たという感じです。
 この研究所は文科省のプログラムで始まったのですが,そのプログラムで4つの大事な点があると言われています。1つは世界トップレベルで競争できるサイエンスでなければいけない。2つ目は,分野融合しなければいけない。3つ目は,国際的な研究所にしろと。研究室の3割以上は外国人でなければいけない。4つ目は,そうやってつくった研究所が,大学のシステム改革につながるようにしなければいけない。
 確かに,その改革は必要ですが,国際的な研究所をいきなりつくれと言われても,日本のシステムではできないことがいっぱいあったわけです。それを変えなければいけないので,「これではできないから,こうやってくれ」としょっちゅう掛け合ってやっていくうちに,システムは変えてくれたわけです。しかも,毎年ぎちぎちと審査されて,進捗状況を見られました。でも,ちゃんと見てくれるから,逆に,いいところは評価してくれたのだろうと思って感謝しています。
 規模としては,今はサポートのスタッフ,学生も含めてざっと150人ぐらいです。研究者の外国人比率は約半分です。分野は,数学と天文学と実験物理と理論物理。数物連携宇宙研究機構ですから,数学と物理が連携して宇宙を研究する場所であるという,そういう趣旨です。
 およそそんなことできないと思ったのですけども,今になって振り返ってみると,研究者の半分は外国人だし,毎年ポスドクの応募をすると,3年任期の研究員ですけれど,世界中から800件ぐらい応募があって,その中で10~15人ぐらい採用してきました。そうやって取った人が,3年終わったら次に移っていくのですが,まだ8年ぐらいの短い歴史の中で,その間に来たポスドクの半分近くが,どこかでちゃんと定職にも就いているし,びっくりするほどうまくいきました。
 ここから出ている研究も,けっこう評価されていて,論文の引用件数とかを文科省が調べるのですが,競争になんかならないと思っていたプリンストンの高等研究所とかマックスプランクとかと,そんなに数字の上では遜色ない結果が出ています。
 私は日本にずっといなかったから,日本に来た外国人がどう苦労するかは,想像がつくのです。例えば,私がここに着任して,これから仕事をするときに,クレジットカードが必要だから,銀行に申請すると,審査で落とされるわけです。それまで収入があった記録が全くないので,落とされるわけです。そうすると,日本に来た外国人研究者,みんな同じ目にあうことが分かるじゃないですか。住所があるまでは,携帯の契約ができないとか,銀行口座だって,最近は変わってきましたけど,外国人でも自分の手書きで名前を日本語の書類に書けないと,口座は作れなかったのです。できないですよ,そんなこと。
 すごく閉鎖的なシステムであるというのを,自分もあらためて経験するので,こういう問題が起きるだろう,ああいう問題が起きるだろうと,それに対応するように,事務の人と体制をつくっていって,その次の9月ぐらいに,やっと外国人の研究者が来始めたわけです。このシステム作りはすごく大事なことで,欧米人にとってみると,世界の僻地に行くわけです。だから,あそこは行っても大丈夫だなと思ってもらえるのが口コミで広がるというのは絶対に重要なことで,取りあえずそこはクリアしたわけです。
 その次のハードルは,ここに来た人がちゃんと次のポジションを見つけて移って行くことです。それが実現しないと,研究者にとってあそこは行き止まりだということになります。キャリアパスどころか,先はないのだと思われたら,次の人はもう来なくなってしまいます。それも何とかクリアして,それぞれ送り出すことができたりして,何とかかんとかここまで来たなという感じです。

聞き手:現在取り組まれていることや,今までの成果について,教えていただけますでしょうか。

村山:今までの成果はいろいろあるので,ひと言では言えないですけど,分野融合を求められていますが,これは本当に難しいのです。天文学者と物理学者と数学者が一緒に仕事をするというのは,それこそ中国人とインド人とフランス人が一緒に仕事をするというようなもので,文化が違うし,言葉も違うし,やり方も違うし,すごく難しいのです。それを何とかともかく無理やり混ぜて,何かそこから出てくるものはないか。ある意味で機転が利く人はできるわけです。だから,最初はできるだけそういう人を探すというのがもちろん鍵だし,そういう人たちが,自然にごちゃ混ぜになったるつぼみたいな中で,何かこうフツフツわいてくるようなことが起きるような環境をつくる必要がありました。そこで,毎日15時には,すべての研究者はラウンジに集まって一緒にお茶を飲みながら議論するのを義務づけてみたり,分野融合のセミナーをやるようになったわけです。
 そうやってると,だんだん互いの言葉が分かってきて,会話ができるようになってきます。最初はできないわけです。そうすると,本当に何か出てくるのです。例えば,あるときに毎日ウェブに上がる物理学の論文を見ていたある物理の学生が,数学の人に,これあなたの研究に関係あると思う,と教えたのです。その数学の人は,現在,今うちの若いスターで代数幾何という分野の人です。でも,その数学者が論文を読もうと思っても分からないわけです。言葉とか書き方のスタイルとか全然違っているのです。数学の論文は,まず前提が書かれて,それに対して定理があって証明があって,と書いてあるわけです。物理学の論文は,延々書いてあって,どこが主張なのか,どこが証明なのか,何が定理なのか分からないというわけです。だけど,ありがたいことに,トロント大学から引っ張ってきた人が,半分物理学科で半分数学科にいたという,稀有な人材で,通訳できるのです。彼が一生懸命その物理の論文を,その同僚の数学者に通訳してあげると「ああ,そういうことなのか」と,ひらめいたものがあって,その数学者は,結構大きな定理を証明して,その業績のおかげで,世界数学者会議に呼ばれたのです。世界数学者会議というのは,4年に1回しかない数学者のオリンピックで,そこの招待講演に呼ばれたわけです。彼は,物理学者がそばにいなかったら,この定理は証明できなかったとはっきり言っています。
 ほかにも,宇宙の観測をしていて,天文学者と物理学者と数学者がいるからこそ論文ができて,仮説を証明できる,ということが起きてくる場所になってきました。

(前編おわり)
村山 斉

村山 斉(むらやま ひとし)

1964年 東京都八王子市生まれ 1986年 東京大学理学部物理学科卒業 1991年 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了 1991年 東北大学助手 1993年 ローレンス・バークレー国立研究所研究員 1995年 カリフォルニア大学バークレー校助教 1998年 カリフォルニア大学バークレー校准教授 2000年 カリフォルニア大学バークレー校教授 2004年 カリフォルニア大学バークレー校MacAdams 冠教授:現職 2007年 東京大学数物連携宇宙研究機構初代機構長(現カブリ数物連携宇宙研究機構):現職
●研究分野
素粒子物理学
●主な活動・受賞歴等
2002年 西宮湯川記念賞受賞
2003年 米国物理学会フェロー
2013年~米国芸術科学アカデミー会員

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