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日本では優秀な技術者は育つけれどもアーキテクトが育ちにくい名古屋大学大学院教授(電子情報システム専攻) 佐藤 健一

研究環境という意味では,日本の大学は良くない

聞き手:NTT研究所と大学で研究をされていますが,企業と大学での環境の違いを感じた事があればお教えください。

佐藤:企業は教育機関ではないですから,それはもう全然違います。例えばベンダーであれキャリアであれ,利潤に結び付く仕事が主になりますし,教育とは関係がありません。大学というのは,こういう言い方をすると誤解を生むかもしれませんが,研究環境という意味では,特に日本の大学は良くないです。スタッフといいますか部下がいない。例え教授とともに准教授がいたとしても,決して部下では有りません。
 今大学ではドクターに行く学生が非常に少ないのです。他大学を見ても博士課程の学生がほとんど外国人と言うことも珍しくありません。
 日本ではアメリカで見られるようなリベラルアーツというような教育をほとんどしていません。昔は教養学部というのが帝大系にはありましたが,ほとんどなくなり残っているのは東京大学ぐらいでしょうか。
 そうして,細分化した専門家を育てるという道を歩んできたわけです。日本の教育は,これは尊敬を込めた言葉として使っているのですが職人をつくることに力を入れています。早くから細分化してしまっています。例えば私の研究室では,年間で多いときには20件以上,OFCやECOCを含む国際会議で学生が研究発表をします。もちろんドクターもいますが,ほとんどが修士の学生です。一方外国の場合,ドクターの学生かポスドクたちが発表するわけです。これはシステムの違いで,アメリカとかヨーロッパでは,そんなに早い時期から研究はやらせないのです。
 私はよくヨーロッパからドクターの審査を頼まれたりしますが,修士ではほとんど研究をやらず,日本の卒論程度のことをやる場合が多く,本格的な研究は,ドクターへ行ってからやるのです。日本では修士の段階から研究に専念させるため,ドクターに行っても外から見たら修士のころと大して違わないわけです。システムの違いも無く就職後の給料もほとんど変わらないなら,ドクターにはだんだん行かなくなってしまうわけです。
 アメリカの場合は,研究を本格的にやらせるのはドクターからで,修士や学部までは幅広く学ぶという感じです。ドクターでは本当に厳しい競争で,そこで勝ち抜いてきた人たちは質の高い論文を多数出しています。企業から見ても,修士とドクターには,そのqualificationの差が歴然としており,給料にも明確な差が出るわけです。
 この教育システムの違いは,日本では優秀な職人は育つけれども,アーキテクトが育ちにくいという状況を助長しているのです。
 チームとして大きな成果を出す仕事は,企業ならハイアラーキーがありますから,自分がやるものと部下にやってもらうものと区別できるわけですが,大学はそれがないわけです。研究という意味では,1人でやれるような領域の研究は大学でも良いのですが,組織的な活動が必要な研究は,大学では非常に難しいですね。私の領域だと,大学はやはりアイデアと,それを実証するぐらいまでになるでしょうか。
 勿論,大学とひとくくりに言っても,何をやっているかによっても全然違います。例えば自然科学の研究のように,個人或いは少人数で地道にやっていく領域ならば,大学は大変良い環境だと思います。
 私の感覚では大学での研究のスピードは,時間が企業の3倍ぐらいかかります。修士で2年育って「これから」というときに,ドクターへ行かずに多くがやめてしまう。そういう意味で,ある種システム的な研究は,企業でやるしか有りません。ただ,企業では自分のやりたい方向は制限されますし,自分が必ずしもやりたくなくても,給料をもらっていますから,やらざるを得ないでしょうし,勿論良い所と悪い所があります。
 企業でもイマジナリーな仕事はいくらでもあります。大学でもまったくやる気の無い学生に対する教育は面白くないですが,総じて教育自体はポジティブな仕事ですので,救われる部分も有ります。

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佐藤 健一(さとう・けんいち)

佐藤 健一(さとう・けんいち)

1953年 東京生まれ 1976年 東京大学工学部電子工学科卒 1978年 東京大学大学院工学研究科電子工学専門課程修士課程終了 1978年 日本電信電話公社横須賀電気通信研究所入所 1985年 British Telecom Research Laboratories交換研究員 1999年 NTT未来ねっと研究所フォトニックトランスポートネットワーク研究部部長 2004年 NTT R&Dフェロー 2004年 名古屋大学大学院教授(電子情報システム専攻)
●研究分野 光通信ネットワーク,光ネットワークシステム
●主な活動・受賞歴等
1984年 電子情報通信学会学術奨励賞 1990年 電子情報通信学会論文賞 1999年 IEEE Fellow Award 2000年 平成11年度電子情報通信学会業績賞 2002年 平成14年度文部科学大臣賞(研究功績者) 2003年 電子情報通信学会フェロー 2005年 電子情報通信学会通信ソサイエティ功労顕彰 2007年 電子情報通信学会通信ソサイエティ論文賞 2008年 電子情報通信学会通信ソサイエティ論文賞 2009年 ONDM 2009(The 13th International Conference on Optical Networking Design and Modeling - ONDM 2009)Best Paper Award. 2012年 電子情報通
信学会功績賞 2013年 CLEO-PR & OECC/PS 2013(The 10 th Conference on Lasers and Electro-Optics Pacific Rim, and The 18 th OptoElectronics and Communications Conference/Photonics in Switching 2013), Best Paper Award 2014年 紫綬褒章
IEEEフェロー
電子情報通信学会フェロー
NTTR&Dフェロー

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