【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

基礎を把握し,試験をきっちりやり 不具合を完璧に解決すれば,必ずうまくいく宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 所長 常田 佐久

後回しにしがちな難しい部分を一番先に向かい合わないといけない

聞き手:すべてに結果を出されているのがすばらしいですね。

常田:いったん始めたことに結果は出します。しかし,一度だけ結果を出せなかったことがあります。それは,米国から声がかかって,ハッブル宇宙望遠鏡の焦点面観測器を入れ替えるのに,日本から観測装置を供給しないかとの話があり,すばる望遠鏡の広視野カメラ「Suprime-Cam(シュープライムカム)」の開発が所属していた国立天文台先端技術センターで行われていたこともあり,その技術を応用してハッブルに広視野カメラを搭載するための検討を米国と共同でだいぶしました。しかし,その後,NASAは,スペースシャトルの終了と共にハッブルの観測装置の大規模な交換はもうやらないと決定したため,未完のまま,初期検討で終わってしまいました。でも,これは進めていたら,面白かったと思いますね。きっとやれたと思いますけれど,そこまでいかなかったのです。実際,宇宙からの超広視野観測の科学的重要性はその後広く認識され,NASAがWFIRST計画として現在強力に推進しています。

聞き手:「ひので」も含めて,今のお話もそうだと思いますが,求められた成果が出せないようなときに苦悩されたこととか,その体験をどうやって越えられてきたのでしょうか。

常田:私は東大の教官もしていました。そこで,観測系の先生が大学院の面接で,「Aさん,はんだ付けはできますか」と聞くようなことが良くありました。これも適性を見るために大事な質問だと思いますが,はんだ付けできるかできないかじゃなくて,高度で大規模な実験装置を作るためには,基礎の物理学をちゃんと理解しているということが非常に大事なのです。基礎の物理を理解していれば,かなりの部分を事前に解析的ないし数値的に検討しておいて,最後に物を作ります。物を作って調整するのに,全体の時間のほとんどがかかっているようだと,大体うまくいっていないイメージがあります。かける時間のほとんどは紙の上の検討で,後は一気に作って試験をするという考え方で今までもやってきました。逆にそうやっていると,後工程で泥沼に入ることはあまりないのです。
 プロジェクトを進めていく上で,人は,本当に難しい所を閉じ込めてほっておき,後で検討しようとするメンタリティーがあるように思えます。それはだめで,後回しにしがちな難しい部分と一番先に向かい合わないといけないです。そこで物理学の能力が物を言います。そういう姿勢を取らないで,「ここさえできれば」全システムは完璧にできるとしていても,「ここさえできれば」という仮定があるのはうまくいかないものです。
 それから,試験の品質を上げることは,ものすごく大事です。誰も実現していない高い性能であるから,誰もその試験方法を分かっていない状況があるわけで,試験のやり方に工夫のしどころはたくさんあります。まさに,試験は物理学そのものです。地上で使うものは,使ってみて直していくことも可能ですが,宇宙の場合は,「後で直せないから試験が大事」だという言い方がされます。ここで,「宇宙だから」も取りはらって,すべての高度な製品の開発には試験が大事であるから,宇宙でやっているやり方を見習いましょうとしていくと,製品の不具合が減るのではないでしょうか。
 衛星搭載品というのは,標準的な試験方法があります。ロケットの振動に耐えられるかを確認する振動試験,真空チャンバーで宇宙環境を模擬して衛星がちゃんと動くかを確認する熱真空試験などがあり,これらをひとつひとつ行って,軌道上で性能が発揮できるか検証していくわけです。宇宙の温度環境を模擬するために,真空チャンバーの壁は液体窒素温度の-150度ぐらいになっています。地上では重力があり,望遠鏡や大型主鏡は宇宙では遭遇しない重力による大きな変形をうけます。このような条件下で,宇宙環境を模擬して回折限界性能の検証をせねばならないのですが,これをどうやるかは難題でした。そのための方法を編み出し,精度の机上検討を行い,試験装置を設計・製作しと,試験の準備にものすごい工数をかけます。
 望遠鏡が完成して衛星に組み込んでからも,衛星レベルのいろいろな試験で1年ぐらいかかります。望遠鏡は衛星の奥深くに収容されており,衛星が望遠鏡に組み込まれてしまうと,振動試験,衝撃試験など,いろいろ過酷な試験をやりますが,これらの試験後に望遠鏡の光学性能が維持できているかどうか,確認のしようがなくなります。望遠鏡を衛星に収容した後も光学的なパスを確保して,衛星から離れたところから干渉計で見て,常時性能が分かるようにしています。これは,当たり前のことと思われるかもしれませんが,たいへん大事なことです。これにより,打ち上げの直前まで,いささかの波面変動も見逃さず,完璧だということを確認してから打ち上げるので,心安らかに,そして自信を持って打ち上げられるのです。
 自分の精神状態をよくする意味もあって,とにかく試験をしっかりやります。ハードな試験を行った後には必ず光学性能をチェックするというのを入れておかないと,この手のものは危ないです。このような知見というのは,国内でその後開発されている衛星に応用されていると思います。完璧に準備するためには,試験を大事にしようということと,試験のフィデリティを上げるという2点がたいへん大事です。 <次ページへ続く>
常田 佐久(つねた・さく)

常田 佐久(つねた・さく)

1954年 東京都生まれ 1978年 東京大学理学部天文学科卒業 1983年 東京大学大学院理学系研究科天文学専門課程博士課程修了 1983年 日本学術振興会研究員 1986年 東京大学 助手 1992年 東京大学 助教授 1996年 国立天文台 教授 2013年 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所長
●研究分野 天文学
●主な活動・受賞歴等
1995年 第12回井上学術賞受賞
2010年 第14回林忠四郎賞受賞

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