【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

辛辣な人との出会いや自分の失敗が自分の潜在能力を引き出してくれるニューヨーク州立ストーニーブルック大学客員教授(放射線医学) 谷岡 健吉

「今できることは,すぐに実行する」のが信念

聞き手:研究所では,どんな研究をされたのでしょうか。

谷岡:1976年に技研(NHK技術研究所)に来ましたが,アモルファスセレンが主材料のサチコンがいよいよ実用化で広く普及するかどうかという時期でした。一部はすでに現場のカメラに入っていましたが,私はそのサチコンの特性改善のための評価・測定を担当しました。これはある意味,作業的な仕事です。1枚の試験成績表があり,そこに電圧と電流の特性がどうかとか,赤,緑,青の光に対してどういう特性を持っているかというようなデータを取っていきます。測定項目が決められていて,朝から晩まで暗室で仕事をしますので,はた目にはきつそうに見えたと思われますが,私には非常に面白くて,引き込まれていきました。なぜかと言うと,測定が終わったサチコンは引き出しに入るだけですから,あとどのような実験をしようが自由なのです。アモルファスセレンは結晶でないことから,強い光を当てたり,熱を与えたりすると特性が変わり,まるで生き物のように感じました。ですから,決められた項目を測定し終わった後,自分で勝手に電圧を規定外までかけるなど,いろんな実験ができ,これが非常に面白かったのです。  NHK高知局時代の話に戻りますが,番組送出の監視業務も行っていました。こういう仕事はつまらなく,将来の自分に何の役にも立たず時間の無駄のように思われがちです。しかし私は当時の監視業務で,番組の映像を凝視していると,番組によってノイズの見え方が違うことに気が付きました。それはカメラの中にあるプリアンプ,つまり撮像管から出てきた非常に微弱な信号を増幅するアンプですが,そのアンプの違いから起きるのです。私は映像の中のノイズの見え方のわずかな違いでも分かるような能力をこの現場時代に身に着けました。
 そのような力がHARPの現象の発見に至る過程でも役立ちました。その他にも現場で経験していたことが,HARPの実用化研究で非常に役立ちました。よく,研究者は何か研究して,後の実用化は別の人に任せればいいなどと言われることがありますが,私の経験では実用化というのはものすごく難しい。研究はいろいろな組織で行われていますが,実用化まで行くものが少ない理由の一つはそれなのです。特許を取って論文発表することに比べて,研究したものを実用化までもって行くのははるかに難しいと私は思っています。そのための力をつけるには,たくさんの失敗の経験を絶対無駄にしないこと,また自分が希望しない仕事に一時就かなければならないことがあっても,そこから何かをつかみ取っておくことが大事だと私自身の経験から感じています。
 私は父の急死という体験が,後の自分の仕事に対する姿勢などに影響したと思っています。大人になって考えればそんなことはないと思うのですが,私は父が死んだ時,医者であれば自分の命のことくらいは分かるはずなのになんで急に死んだのかと,すごくショックでした。このため子供心に,自分の明日がどうなるかは分からない,今,思っていること,気がついたことは今やっておかないと駄目だという考えが心に染みつきました。
 ですからHARPの現象発見に至る過程の中でも,夜10時を過ぎて電源を落として,帰ろうと思ったときにふっと思いついたことがあったら,また電源を入れて実験をやりました。それで家に帰って風呂に入りながらでも最新の実験結果の考察を行うなど,いろいろ考えて,明日は朝一番にこれを確かめたいなと。そういうことをどんどんやってきました。後に部長や所長となり,その立場では,仕事は計画的にやるようにと言わざるを得ませんでしたが,実は私はこれが大嫌いです。研究を計画的にやっていたのでは遅いのです。今できることは,すぐに実行するというのが信念です。それは,おやじに死なれたことから来ています。 <次ページへ続く>
谷岡 健吉(たにおか・けんきち)

谷岡 健吉(たにおか・けんきち)

1948年 高知県高知市生まれ 1966年 高知県立高知工業高校電気科卒業 1966年 NHK高知放送局入局 1976年 NHK放送技術研究所に異動 1989年 同研究所 映像デバイス研究部主任研究員 1994年 博士(工学)(東北大学) 1995年 イメージデバイス研究部 副部長 1997年 撮像デバイス 主任研究員 2000年 撮像デバイス部長 2004年 放送デバイス 部長(局長級) 2006年 放送技術研究所 所長(理事待遇) 2008年 定年退職 2008年~2015年 高知工科大学客員教授 2011年~東京電機大学客員教授(工学部) 2015年 ニューヨーク州立ストーニーブルック大学客員教授(放射線医学)
●主な活動・受賞歴等
1982年 鈴木記念賞「Se系光導電形撮像管のハイライト残像とその改善」 1983年 放送文化基金賞「高性能カメラの開発」 1990年 放送文化基金賞「高感度・高画質HARP撮像管の開発」 1991年 市村学術賞 功績賞「超高感度・高画質撮像管の開発と実用化」 1991年 丹羽高柳賞 論文賞「アバランシェ増倍 a-Se光導電膜を用いた高感度 HARP撮像管」 1991年 SMPTE Journal Award 「High Sensitivity HDTV Camera Tubewith a HARP Target」 1993年 高柳記念奨励賞「ハイビジョン用高感度HARP撮像管の開発」 1994年 大河内記念技術賞「アバランシェ増倍型高感度撮像管の開発」 1996年 全国発明表彰 恩賜発明賞「超高感度撮像管の開発」 2002年 放送文化基金賞「超高感度ハイビジョン新Super-HARPハンディカメラの開発」 2008年 文部科学大臣表彰 科学技術賞「微小血管造影法の研究」 2008年 産学官連携功労者表彰 日本学術会議会長賞「リアルタイム3次元顕微撮像システムの開発及び細胞内分子動態リアルタイム可視化研究」 2012年 前島密賞 2012年 丹羽高柳賞 功績賞「アバランシェ動作方式超高感度高画質撮像デバイスの研究開発」

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