【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

時間がかかっても,正確なデータを出せばそのデータはずっと使える宇都宮大学 阿山 みよし

学生との実験では,必ず最初にテストオブザーバーを

聞き手:工学分野に進まれたきっかけと,視覚光学の研究に進まれたきっかけをお教えください。

阿山:私は,都立立川高校の出身なのですが,それまではどちらかと言うと,文系科目のほうが得意でした。それが高校1年生の時に,隣に座った男子学生がすごく優秀な人で,その理工系的な論理的な考え方に非常に魅力を感じました。当時はグループノートや班ノートというものがあったのですが,その中に不確定性原理の話や生物,銀河系の話も出てきて,それまでそれほど興味を持ってなかった理工系,自然科学の世界にすごくひかれました。数学と物理の成績が,はしに棒にもかからなかったら理工系にいくのは止めようと思いましたが,なんとかついていけましたので,じゃあやるだけやってみようと。結局1年浪人してしまいましたが。浪人したことは親には悪かったと思いますが,私自身は本当に良かったと思っています。予備校はものすごく教えるのが上手で,分からせるプロなのです。ついていくのがやっとだった高校の数学が,体系的によく分かりました。
 浪人で1年頑張ったら,予想以上にいいところ(東京工業大学)に合格してしまいました。
 東工大はそのころ,1類が理学部で,2から6類が工学部でした。当時は,今のように高校生向けの豊富な大学の情報はないですから,なんとなく,女子だから,理学部かなという感じで,理学部を受けました。そうしたら,入るとなかなか難しくて,ついていくのが大変だったのです。これは,目標がないとやっていけないと思い,どういう方向がいいかをすごく一生懸命探しました。
 今でも覚えていますが,ある時三鷹の市立図書館で色の方程式が書いてある本を見つけ,大変感銘を受けました。それまで色とか,色彩というものは美術でしか習ったことがありませんでしたが,色彩を科学的に扱う分野があるのは新発見で,こういう方向がいいなと思ったのです。そうしてその後,測色や色彩科学に関する本を読んでいく中で「測色と色彩心理」という本で,東工大にいらっしゃる池田光男先生がある章をお書きになっているのを見つけました。自分が通う大学,ものすごく身近なところに大変な権威の先生がいらっしゃることが分かり,まだ学部は1年でしたが学生科を通じて池田先生に面接を申し込みました。
 先生のところでは,どんな研究をやってらっしゃるのかとか,色彩を科学的に扱う研究に非常に興味を持っているので,先生の研究室にいくにはどうしたらいいかというのをお聞きしました。池田研究室では応用物理学科から卒研生を取っていると聞き,じゃあ応用物理学科に進もうということになりました。
 ようやく目標ができたので,毎日の講義も一生懸命,頑張ることができるようになり,念願かなって池田研究室に入れました。当初は卒業して,就職することを考えていましたが,だんだん先生と話をしていくうちに,もう少し突っ込んで勉強をしてもいいかなと思うようになりました。
 最初に与えられた卒業研究のテーマは,「反対色過程の加法性に関する研究」でした。これは人間の色覚,カラービジョンのメカニズムというのはある程度分かっていて,網膜には分光感度の違うL,M,Sの3種類の錐体があり,それらがネットワークを組んで赤対緑と黄対青の反対色過程があります。明暗も入れて白対黒も入れるという説もあります。ともかく,カラービジョンに関しては赤対緑と黄対青の反対色過程があると言われ,池田研究室では,その反対色過程の特性を心理物理学という手法,網膜の応答を針を刺してパルスを測るといったことではなく,光を工夫して見せることで人間のレスポンスを取ることで,メカニズムを推測していくという研究をしていました。
 例えば,黄対青反対色過程の黄色みでしたら,波長で言えば530nm辺りから,長波長側は黄緑からレモンイエローになり,ユニークな黄色からだいだい色,そして赤くなりますが,かなり広い範囲で黄色っぽさを感じます。その黄色っぽさを,反対色の青で打ち消す「色素キャンセレーション法」というものがあります。530nmぐらいの黄緑色の黄色みを,470nmぐらいの青を足し合わせてキャンセルすると緑味だけが残ります。黄色みを打ち消すのに,どれだけ470nmが必要だったかによって黄色みを測る方法です。例えば,570nmなら,すごくたくさん470nmが必要で,ほぼ真っ白になりますが黄色みは完全には消えません。また,630nmぐらいだと,470nmをちょこっと足せば,ちょっと薄い感じになりますが,真紅に近くなります。
 その時に,黄対青過程に入っているLMSからの足し合わせでは非線形性が出る。つまりM錐体が主な入力源だろうと考えられている520とか530nmぐらいの黄色みと,L錐体が主な入力源だろうと考えられている620とか630nmからの黄色みは,素直にL+Mでは表せないのではないかということを4年生の時に研究していました。
 この研究は本物だなという感じがしました。そこで,もう少し勉強したいということを親に相談しました。父は学徒出陣の世代で,自分は勉強したかったのに出征でそれを断念せざるを得なかったところもあり,賛成してくれましたが,母は就職もしない,結婚もしない(笑),まださらに勉強するなんてと,最初は反対されていたのですが,最後は理解してくれて,大学院に進むことになりました。
 結局,マスターの時もドクターの時もベースは,卒業研究の時に取り組んだ反対色過程の非線形性,反対色過程の加法性について突っ込んでやっていきました。色は赤,黄,緑,青と4つありますから,いろいろやりようがありました。
 卒業研究の時の結果が,わりと面白いデータが出たので,池田先生がVision Researchにまとめてくださいました。今もそうですが,そのころVision Researchというのは視覚科学分野で,非常に権威がある雑誌でした。先輩に最初の研究の結果から,「Vision Researchに出るのはすごい」とおっしゃっていただき「そういうものなのかな」なんて思いました。そのころの自分はただ一生懸命,実験をやって,データを整理して,それを論文にするというのは,普通に当たり前のことだと思っていました。そのころの池田研究室では,皆さんすごくて,ほとんど修論でも卒論でも半分以上はちゃんと国際誌に論文掲載されていましたから,逆に自分としては,そういうのが当たり前なのだろうみたいに思っていました 。しかし,自分が学生に教える身になってみると,4年生の卒業研究をベースに国際誌に論文を出すことはほとんどできません。いかに,池田先生や先輩方,助手でいらした近江先生がすごかったのかと感じています。
 池田先生ご自身もこのテーマに興味を持たれていたからだと思うのですが,実験を一緒にやってくださり,自ら被験者にもなってくださいました。私の研究だけではなく,可能な限り,池田先生はご自身も被験者をされていました。これはとても大事なことだと思います。私も学生といろいろとする時には,必ず最初にテストオブザーバーをやらせてもらっています。ずっとフルの被験者というのはできないのですが,提示刺激や実験手段がそれでいいのかを判断するためには,実際に被験者として,本番と同じ実験セッションを体験しないと分からないのです。そういう聞き方だと,被験者は判断に困るだろうとか,ちょっと提示刺激の色がおかしいとか,明るさが違っているとか,周囲に余計な光が入ってきているとか。本当に細かいところをチェックします。例えば2つの刺激が同じか違うかを判断してもらう場合,人間はあらゆる情報を駆使して判断しようとするので,本当にその影響を調べたい変数以外が判断の助けにならないように,刺激作りも被験者への聞き方も十分な吟味が必要なのです。

聞き手:その後,ヨーク大学の心理学科にいかれています。

阿山:やはり,マスターのころから留学はしたくて。と言うか,小学生のころから兼高かおるさんの助手になりたいと(笑)。いろんな外国に行きたい。ただ旅行だけじゃなくて,いろんなところに行って生活がしてみたいとか,そういう願望がものすごく強くありました。先輩たちもドクターを取ったあと,ポスドクで海外にいかれていたので,それにならいたいプラス小さいころからの願望がありました。ちょうど,先輩の内川先生が行っていらしたのがヨーク大学のピーター・カイザー教授の研究室でしたが,カイザー先生と池田先生はとても親しく,私もドクターを取ったあとポスドクとして雇っていただけることになりました。
 そこでもカイザー先生に相談して,やり残していた研究を続けました。あとは,反対色過程の実験結果を色度図にプロットしていくうちに,反対色過程の本質というのは色空間の中で,ユニーク色,ユニークな赤やユニークな黄色の感覚をもたらす色の点の集合が,平面ではなく,局面になっているということに思い付き,色度図の中のユニーク色軌跡をきちんと測ることが,直接的なアプローチなのではないかということ気が付きました。そこでカイザー先生に相談すると,わりと自由にやらせていただいきました。
 そうして明るさが違う,10 ,100 ,1,000トロランドの3段階の明るさで測定すると色度図の中でカーブになるというのが分かりました。JOSAに論文が載り,帰国後に少し遅れてVision Researchにも別の論文が載り,ちょうどうまい具合に1年の中で2つ出まして光学論文賞もいただけました。それは予想外でしたので,とてもうれしかったです。先輩がたが受賞されていて「よし,私も目指そう」なんては思っていましたが,目指そうと思う前にいただけたということで(笑)。学会賞は世間で認められたということのわかりやすい証なので,母も喜んでくれて,それもとてもうれしかったです。 <次ページへ続く>
阿山みよし(あやま・みよし)

阿山みよし(あやま・みよし)

1954年 東京都生まれ 1983年 東京工業大学大学院総合理工学研究科物理情報工学専攻博士後期課程修了 1983年 ヨーク大学心理学科ポスドク 1985年 東京工業大学総合理工学研究科助手 1989年 東京都神経科学総合研究所流動研究員 1993年 宇都宮大学工学部情報工学科助教授 2001年 宇都宮大学工学部情報工学科教授 2015年 大学院工学研究科先端光工学専攻教授
●研究分野
視覚科学,色彩科学,照明評価,感性工学の研究
●主な活動・受賞歴等
映像情報メディア学会,応用物理学会,照明学会,日本光学会,日本視覚学会,日本色彩学会,OSA,SID会員,昭和58年照明学会研究奨励賞(照明学会) 昭和62年度光学論文賞(応用物理学会光学懇話会) 第12回(平成6年度)色彩学論文賞(日本色彩学会) 第5回(平成24年度)日本色彩学会論文賞(日本色彩学会)

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