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常に1つのことを突き詰める,そして時々それを俯瞰し視点を変えて,新たなトライアルをしながら一貫して前進して行く東京大学 荒川 泰彦

失敗しても,それは後で役に立つ

聞き手:研究・開発プロセスにおいて,自信を喪失されたり試行錯誤して苦悩された苦いご経験がありましたら,ぜひそのエピソードをお聞かせください。

荒川:そうですね。常に研究者は迷うと思っています。例えば,私が大学院で研究を始めた時も,先生がそんなに指導してくれませんでした。大きなテーマとして光通信をやれ,とは言われましたが,それ以上のことは方向は定まりませんでした。それで卒論の経験もふまえて,信号空間を情報空間として抽象化していこうとか,そういうことを自分で考えるわけです。そういう意味で,通信理論の場合には,自分が解くべきものが何か,あるいは具体的なテーマそのものの設定に,半分ぐらい時間を費やすのではないでしょうか。それは,光通信という山脈の中から自分が登るべき山を霧の中から手探りで探し出して見つけるという感じです。もちろん登るのにも苦労するのですが,その前に登るべき山,頂上に達することができそうな山をどれにするかというのが,極めて重要だったと思うのです。
 一方,デバイス系を研究してみて思うのは,大きな流れで言えば,登るべき山はなんとなく共有されていて,皆が一生懸命いろんな形でアプローチして登っているという感じはあります。とは言っても,どう登るかということで皆個々に苦しむわけです。
 大学に就職して,すごく大きな山として多くの人が半導体レーザーを登っているのを目の当たりにして,どんなやり方で半導体レーザーに取り組むかということにまず苦しみました。その中でいろいろと試行錯誤を繰り返す内に,量子ドットという概念が出てきて,登るべき山が少しだけ見えてきたのです,しかし,このような量子ドットが実現できるかと言ったらできる見通しは全くなかったわけですから壁がすぐ目の前に立ちはだかったことになります。そのときどうしたかというと,大きな意味での半導体レーザーという山に対して,複数のアプローチを考えます。ある方法が駄目でも別の方法でやっておこうと。逃げるわけではなくて,パラレルに研究を進めていくのです。もちろん,将来的には量子ドットレーザーを実現する,そういうことを頭に置きながら当面できることを行ったのです。例えば磁場実験などです。つまり,個々の壁はいっぱいある。壁だらけなのですが,テーマ全体としての取り組みとしては,前進できるように努力したつもりです。多面多様な登り方をすることで,やることに困ってしまってどうにもならなくなったという感じは,あまりないですね。ともかく,おもしろかった,というのが今の時点でも思い出です。
 私は理論もしましたし,実験もしますので,理論が進まない時には実験をやれば良い,その逆もありました。また,例えば室温単一光子発生素子を目指して,長年GaN量子ドットをプレーナ基板上に作ろうとしたのですがなかなかうまくいきませんでした。そこでそれをいったんやめて,ナノワイヤ上に形成してみました。そうすると基板から離れたことですごく品質が良いものができました。その結果,室温で単一光子の発生に成功しました(図3)。もちろん,この成果は,有田宗貴特任准教授ら研究室のGaNグループが頑張ったことにより得られたものです。
室温単一光子発生を実現したGaN/AlN ナノワイヤ量子ドットと光子相関測定結果

室温単一光子発生を実現したGaN/AlN ナノワイヤ量子ドットと光子相関測定結果

 つまりアプローチを変えることで壁というのは乗り越えるのではないかと思うのです。迷路と同じで,ある程度中へ入って行き止まりになった時に,少し戻って別の違うところからまた進んでみると。研究テーマそのものが難しくて,ターゲットを変更するのが良いのか迷うこともありましたが,手を変え品を替え推し進めていると,新たに開ける時があるわけです。先ほどの高品質GaN量子ドットなどもそういう例だと思います。
 理論計算でも同じで,理論というのはトライアルをいっぱいするのですが,そうしてあるところでポッとうまくいく。だけどそうなるためには,それまでのトライアルがすごく役に立っていることが多いのです。だから失敗しても,それは後で役に立つんだと思えば良い。
 そしてそれはまさにビジネスにも同じことだと思います。よく,ベンチャービジネスで何回か失敗してようやく成功するという話を聞きますが,それもいろんなトライアルの中で出てきたからこその学習効果であると思いますし,駄目なものは駄目だという判断をするのにも重要です。これでやっていて駄目だったら,あれもやる。それを乗り越えられると信じて進んでいくことが必要だと思います。 <次ページへ続く>
荒川 泰彦(あらかわ・やすひこ)

荒川 泰彦(あらかわ・やすひこ)

1975年 東京大学工学部電子工学科卒業 1980年 東京大学工学系研究科電気工学専門課程修了 工学博士 1980年 東京大学生産技術研究所講師 1981年 東京大学生産技術研究所助教授 1984年から1986年 カリフォルニア工科大学客員研究員 1993年 東京大学生産技術研究所教授 1999年 東京大学先端科学技術研究センター教授(2008年まで) 2006年 東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構長 2008年 21・22期日本学術会議会員 2012年 東京大学生産技術研究所・光電子融合研究センター長
●主な受賞
1991年 電子情報通信学会業績賞 1993年 服部報公賞 2002年 Quantum Devices賞 2004年 江崎玲於奈賞 2004年 IEEE/LEOS William Streifer賞 2007年 藤原賞 2007年 産学官連携功労者 内閣総理大臣賞 2009年 IEEE David Sarnoff 賞 2009年 紫綬褒章 2010年 C&C賞 2011年 Heinrich Welker賞 2011年 Nick Holonyak,Jr.賞 2012年 応用物理学会化合物半導体エレクトロニクス業績賞(赤崎勇賞) 2014年 応用物理学会業績賞

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