【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

研究の醍醐味は未踏の荒野を探し当てること東京大学 工学系研究科 物理工学専攻 教授 香取 秀俊

光技術の基礎を学ぶ最後のチャンス

聞き手:最後に,光学分野でこれから活躍を目指す若手の研究者とか学生さんに向かって,先生の方から何かメッセージをお願いします。

香取:現在,光学分野ではレーザーその他のコンポーネントが広く使われ,そのおかげで非常に安価に入手できるようになりました。この意味で,応用を考える上でもいい環境になりました。20年前なら,レーザーを買うといえば,1000万円単位のお金がかかったのでおいそれと始められない研究でした。
 私は子どものころ,エレクトロニクスの工作が大好きで,必要な部品を買ってきてはそれを組み立てて,無線(ワイヤレス)にワクワクしてラジオやFM放送局を作るなどしていました。その当時(今から40年ほど前)は,光を使って遊ぼうにも道具がなく,光源は豆電球の他にはようやくLED(発光ダイオード)が手に入るようになったころでしたが,エレクトロニクスの工作を通じて,いろいろな物(モノ)を製作できた時代で“作りがい”がありました。ところが,今ではたとえラジオやFM放送局を作ったとしても「スマホがあるのに,なぜ作っているの?」という話になるわけです。現在,利用価値のあるモノを作ろうとすれば,ブラックボックスを組み入れたモノしか製作できなくなっています。一昔前は,テレビを分解すると,中からトランジスタ,抵抗などの部品を取り出せたため,その中身が理解できましたが,今は分解しても取り出せるのはカスタムICだけで,その構造を知る機会にはなりえません。
 光学分野は現在,エレクトロニクス分野のようにブラックボックス化へ向かう過渡期にあり,大変面白い段階を迎えています。例えば,実験室では微調台に取り付けた鏡をたくさん組み合わせて“光の配線”をしますが,これはエレクトロニクス分野でいえば,自分ではんだ付けして配線していく“真空管やトランジスタの時代”です。光学もやがては導波路がシリコンの中に詰め込まれるなどでブラックボックス化が進んでいくことでしょう。ブラックボックス化を進めていかなければ,私たちが満足できるモノ(製品)にはならでしょう。“真空管やトランジスタの時代”が突き進めたのはせいぜいラジオやテレビの時代までです。この延長には今の便利なスマホの時代はあり得ません。実用になる便利な光技術も同じことでしょう。でもこの過程で残念なのは,分解してモノの構造を自分の目で確かめることはできなくなることです。つまり,ブラックボックス化とは,技術が進展していく上で必要不可欠な過程ではあるものの,学生や研究者が中身を理解する機会がだんだんと失われていくでしょう。
 半導体レーザーが市場に出回るようになったのは,トランジスタに遅れること30年くらいですが,光技術全般も,エレクトロニクス技術からそのくらいのギャップがあります。そのおかげで光技術はまだ見て理解できる装置になっています。今はブラックボックス化の前段階であり,光に慣れ親しんで光学関連の研究開発の基礎を学べる“最後のチャンス”といえるでしょう。光格子時計の研究・開発を通じて思うのは,光格子時計がまだ“真空管やトランジスタの時代”にあるということです。真空管やトランジスタがICによってブラックボックス化しなければ,スーパーコンピューターは絶対に構築できませんでした。光格子時計を“スーパークロック”へと進化させるためにはレーザーモジュールのブラックボックス化が必要でしょう。私たちの研究室(香取研究室)でも,今後そうした工学に本気で取り組む必要があると思っているところです。
 以前,私は『O plus E』2009年4月号の「一枚の写真」に“光格子時計・硬い原子と柔らかい地球”と題して寄稿し,この中で「将来的には,18桁の精度で光格子時計の時間比較ができるだろう」と書きました。これは私にとって“今後こういう方向で研究を進めていきたい”との決意表明でもあったので,これで賛同者が現れるといいなという期待も込めてまとめました(笑)。現在,時間比較の研究を進めている状況を鑑みると,「これを実現したい」と強く思い続けて考えてきたことは現実になるものだと感じています。日々こうした思いを口に出したり,記述して発信することで,おのずとそうした方向に進んでいくように思います。10年後,20年後にこのインタビューを振り返るのが楽しみです。
香取 秀俊(かとり・ひでとし)

香取 秀俊(かとり・ひでとし)

1964年東京都生まれ。1988年東京大学工学部物理工学科卒業。1991年東京大学工学部教務職員のち同助手,1994年東京大学大学院・論文博士(工学),独マックス・プランク量子光学研究所 客員研究員。1999年東京大学工学部 総合試験所助教授。2010年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻教授,科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業・ERATO香取創造時空プロジェクト研究総括。2011年理化学研究所 香取量子計測研究室 主任研究員(兼務)
●研究分野:量子エレクトロニクス
●2005年European Time and Frequency Award,2006年日本IBM科学賞,2008年Rabi Award,2010年市村学術賞特別賞,2011年ジーボルト賞,2012年朝日賞,2013年東レ科学技術賞ほか。

私の発言 新着もっと見る

本誌にて好評連載中

私の発言もっと見る

一枚の写真もっと見る