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企業現場で培った光学知識・技術を大学教育に活用高島 譲

大学での天体物理の観測が きっかけで光学分野に

聞き手:高島先生が光学分野に関心を持ち始められたのは,何がきっかけだったのでしょうか。

高島:光でいえば,幼少のころに押し入れの中で,懐中電灯で遊んでとても面白かったという記憶があります。当時,なぜ懐中電灯を物に照らすと光が真っすぐ進んでいくのかと疑問に思っていました。とはいえ,子どものころは誰でも一度は懐中電灯を使って遊んだ経験があるはずです。そう考えると,京都大学理学部で物理学を専攻し,天体物理の観測を学んだことが光学分野に関心を持ったきっかけになります。
43_3  そもそも大学で物理学を専攻したのは,高校時代に物理を担当されていた小菅俊夫先生との出会いでした。問いに対する答えではなく,その考え方を教えて下さる先生で,物理の授業は大変楽しく学ぶことができたことを覚えています。私が文系と理系の選択で迷っていた時は,先生から「高島君,物理はとても興味深い学問だよ」と助言していただいたこともあって,理系を選択し物理を専攻することにしたのです。もし小菅先生との出会いがなければ,恐らく理系には進学しなかったかもしれません。
 京都大学の入学後は,学部学生の履修の一環として天体物理の観測機器の設計に取り組み,実験では望遠鏡に観測機を取り付けて実際に夜中に星からの光を測定していました。京都大学は大変ユニークで,担当教授は天体物理に関する理論を指導する一方,「何かこういうものを作ってみよう」と実際に光学観測機器を製作する機会を与えてくれるのです。例えば,プリント基板に油性ペンで回路パターンを描いてエッチングしそれに沿って穴を開けて,アンプなどをハンダ付けして天体からの微弱な偏光の検出回路を製作していました。と言っても,私はほとんどプリント基板の穴開けしかしていませんでしたが(笑)。
 ただし,望遠鏡に観測機を取り付けて星の光を観測する実験では,なぜ望遠鏡は遠いところにある物体を拡大してみることができるのか,なぜ天体の観測は望遠鏡でなければならないのかという素朴な疑問がわいてきて,光への関心は自分の中で高まっていました。また,望遠鏡などの光学機器で物体を眺めてみると,人間の目を通じて真っすぐに見える物体がそのまま真っすぐに見えることが不思議に感じました。目や脳の動きまでを含めて光学系と考えると,真っすぐに見えている物体が実際に真っすぐの状態にあるかどうか分からないわけですから。そうしたところなど,光に多くの不思議さを感じ,面白さを感じたのです。こうしたきっかけを与えてくれた,京都大学にはとても感謝しています。

聞き手:京都大学ご卒業後は,東芝にご就職されています。就職先に選択された理由,入社後の業務についてお聞かせください。

高島:就職活動するに当たり,当時は求人募集の応募用はがきに必要事項を記入して郵送するのが主流で,私もそのように応募しました。記入事項には業務別の希望欄があり,その1つに「生産技術」を見つけました。そして,「こういう業務もあるのだな」という程度の認識でチェックを入れたのです。当時は非常に売り手市場でもあり,幸運にも採用が決まり,生産技術研究所の精密技術研究部に配属されました。採用理由については,同部はミラーの加工や研磨など超精密な部品の製造技術,また機器の組み立てなどを担っていたので,従来は機械系技術者の方々がメーンであったものの,「そろそろ光学分野を担える人材が必要」との考えから物理を専攻し天体物理の観測法などを学んできた点を評価されたと私自身は推測しています。
 同部に配属後は,工場で現場の人たちと共にミラーの超精密研磨加工や干渉計でのミラー形状の評価をしたり,また光学関連機器の工場のライン立ち上げをサポートしたり,新規光学機器の開発に参加するなどしながら,光学機器や超精密光学部品を製造する上での知識・技術をはじめ,必要なことを直接見たり聞いたりして,いろいろな方から実地で教えていただきました。光学機器を製品化するプロセスでは,公差をどのレベルの精度に設定して光学設計すればいいか,部品加工や測定の仕方,所定の性能はどのように保証するかなどいくつもの課題をクリアする必要があります。実地に業務としてそれらをクリアすることで,結果としてさまざまなノウハウを習得することになりました。こうした東芝での経験は私にとって“大きな財産”となり,現在,准教授としてアリゾナ大学で光学エンジニアリングを担当するにおいて,東芝の在籍中に光学,工学を問わずさまざまな方々から鍛えていただいたことがとても役立っていると実感しています。その意味で,東芝にも非常に感謝しています(笑)。 <次ページへ続く>
高島 譲(たかしま・ゆずる)

高島 譲(たかしま・ゆずる)

1990年京都大学理学部物理学科(学士)卒業・取得。1990年(株)東芝入社(生産技術研究所 精密技術研究部に配属)。2000年スタンフォード大学電気工学科リサーチアシスタント。2003年スタンフォード大学電気工学科(修士課程)修了。2007年同大学電気工学科(博士課程)修了,同科ポストドクター。2010年スタンフォード大学電気工学科リサーチアソシエイト。2011年アリゾナ大学光科学部准教授(カレッジオブオプティカルサイエンス在籍)
●SPIE(国際光工学会),OSA(米国光学会)所属

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