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「日本人の持つ“心の襞”の多さは武器になる」スペクトラ・フィジックス(株) 遠矢 明伸

ガッツを持て

聞き手:そういう人たちは,教育によって出てくるものなのですか。それとも実業の中でもまれて出てくるものなのですか?

遠矢:両方だと思います。まず,DNAがそういうものを持っていないとダメです。さらに教育を受けていないとダメ。ただ,教育というのは一般の勉強の教育ではなくて,家庭の環境だったり,あるいは入った学校の文化などが要素として大きいですよね。そして仲間です。そういう環境が整って,たまたまある分野で秀でたものを持ち,それがビジネスの上でも非常に有効で,いくつかの偶然と環境,努力が重なって,世界レベルのすごい人が現れるのではないでしょうか。加えて,ガッツというか,スピリットがないとダメですね。「ビジネスで成功してやろう」くらいのものではなく,「世界を変えてやろう」ぐらいのスピリットがないといけません。
 その昔,日本とアメリカ西海岸の人たちの“賢人会”みたいな,40名ぐらいのアメリカ人と日本人が箱根に合宿して自由討論する面白い場がありました。そこにソニーの盛田さんがいらっしゃっていて,いつもリーダー役を務めていました。出席者の半分はアメリカの著名人ですけれど,盛田さんはものすごくブロークンでべらんめい調の英語でそれらのアメリカ人をしかるのです。円高にしたりドル安にしたりするようなアメリカの政治的な意図に対して,ものすごく怒るのです。「おまえたちは自分の国を安く売ろうとしているのか」みたいな,「フェアにやろうぜ」みたいな感じで。「自分の会社の製品が売れればよい」というスタンスではダメだと言うのです。若い人たちには,そんなことを言えるような“世界人”を標ぼうしてほしいのです。

聞き手:本当に大きな志を持って起業する人間がどのくらいいるのか最近疑問に思います。今の時代,そんなにガッツのある若い人間を見ていないような気がしますが,どうでしょうか。

遠矢:一つにはガッツの種類でしょうね。「ビジネスで億万長者になってやろう」とか,「世界を変えてやろう」とか,そういう内容にもよるのです。起業家にはビジョンがあって,さらにそのビジョンは必ずしも会社を成り立たせようというレベルのビジョンではなく,この分野・世界で「何かしてやろう」という変革の精神を持っている必要があると思います。あとは必要なものを見つけていくセンサーですね。

聞き手:勉強も必要ですね。

遠矢:勉強しなくちゃダメですね。勉強しないと,その場だけ生きていくような力しか身に付きませんから。
ただ,勉強の内容は重要です。例えば,歴史上の事実と人物の名前,年代を一生懸命に覚えても,ほとんど役に立ちません。そうじゃなくて,仕組みを一生懸命に考えるとか,自分が納得するまで理論的に考える力やそういう癖を付けるとかが必要です。自分の中だけでやっていると「おたく」になりますから,友達と丁々発止,毎日でも議論をするのがよい。そこで友達の考えが分かり,自分の考えが表現でき,考えをシェアして,かけがえのない友達がたくさんできる。その人たちとよいものを作っていけばよいのです。
 メディアは「最近の子供は夢を持っていない」と言いますが,わたしも若いころは何の夢を持ってよいか分からなくて,実際,持っていませんでした。自分が将来どうすればよいのかなど,小さいころには分かりませんよ。自分の将来は,徐々に発見すればよいのです。それよりも,現実を把握する力を付けた方が良いと思います。

聞き手:この間読んだ本に,「自分が『こうありたい』と思うことが実現することはめったになく,そうした意志を継続させて成功する人はわずかしかいない」と書かれていました。むしろ,「とにかく企業でも何でもいいから現場に入って,そこで必要とされる人になれ」と。そうすると,その人はそこで初めて最大の力を発揮できると書いてありました。そんな話を思い出しました。

遠矢:皆さん,「夢を持て」とか,「ターゲットを決めてまい進しろ」とかおっしゃる。私は逆に,夢を持ってまい進したとすると,それがかなう人はほとんどいないから,ほぼ全員が挫折するのではないかと思ってしまいます。挫折して,蹉跌(さてつ)の中で生きるのですか? そうではなくて,分からないことをよしとして,自分に制約を与えない自由な環境を準備し,たまたま置かれた立場の中で一生懸命やるのがよいと思います。自分に求められているスタンスを把握することや,ひた向きに誠実に仕事をすること,人をちゃんと見てあげること,必要な人に対してヘルプすること,そういう基本的なことを押さえていくのが大切です。評価は他人がします。そうやって自分自身を伸ばしていくことで見えてくるものもあります。

聞き手:確かにそうですね。

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