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「日本人の持つ“心の襞”の多さは武器になる」スペクトラ・フィジックス(株) 遠矢 明伸

レーザーの歴史とともに

聞き手:昨年,世の中はレーザー誕生50周年を迎え,その1年後の今年,米Spectra-Physicsが創立50周年,さらに日本法人のスペクトラ・フィジックス(株)も創立30周年を迎えました。まさにレーザーの歴史とともにある企業といえますが,まずは会社のたどってきた道筋をお聞かせ願えませんでしょうか?

遠矢:Spectra-Physicsは,真空技術で有名な米Varian社(現在は米Agilent Technologies社に吸収合併されている)をスピンオフした3人のエンジニアが作りました。彼らは真空技術者ですから,その当時注目を集めていたレーザーがキャビティーに真空を使うということで,大変興味を持ったのだと思います。「自分たちならもっと良いものに発展できる」と,使命感を持って会社を設立したのでしょう。当時のレーザーのイメージは「恐ろしい光」や「力の強い光線」,「直進性のある光」などでしたが,この光線をなんとか商用や平和利用に向けたいというのが,そもそものポリシーだったと聞いてます。

聞き手:50年前といえば,かなり古い話ですね。

遠矢:確かに古いです。「レーザー誕生50周年」といいますが,本当に実用の世界で盛り上がったのは30年ぐらい前の話です。まさに「技術革新」という感じで認知度が一気に盛り上がったのもこの時代です。ですから,50年前には非常に新しい未知の技術分野だったといえるでしょうね。

聞き手:少し飛んでしまいますが,その後,日本法人設立ということになりますね。

遠矢:日本法人設立は米国本社設立の20年後です。米国ではそれまでの間に,例えば世界初のガスレーザーやイオンレーザーの開発など足跡を残しながら,世界戦略を着々と進めていました。そうした中で米国本社は,日本を非常に民度が高く,均一なマーケットで,工業国として確実な国ととらえていたと思います。「そのマーケットは必ずレーザーを必要としている」と確信を持ったのでしょう。
 日本で実績を作るためには,大事なのはカスタマーサポートだろうと本社は考えました。当時は,日本の商社に販売面を任せていました。現地法人として発足させるためには売り手ではなく,顧客のサポートを中心にスタートしようと考えたのです。それが日本で本当の意味で成功する唯一の方法だろうと。そして,それは正しかったと思います。
 当時の日本における外資企業のイメージは,「売るだけ売ってあとは知らない」とか,「うまくいきそうにないとすぐに撤退する」というものでした。マーケットに深くコミットしない企業が多かったのです。「コミットする」ということは,販売やシステムをマーケットに導入するに際して「責任を取る」ということです。責任を取るということは,対価をもらって技術や製品を売っておしまいということではなく,そこから顧客との関係が始まるということです。その技術を使った研究なり仕事が全うできて,初めて顧客と1対1の対等な関係が築けるのだと。そのためのサポートやサービスなのです。そのポリシーのおかげで,特に大学や官公庁の研究所の方々から支持が得られたのではないかと思います。

聞き手:当初はまだ研究用途が主だったのですか?

遠矢:そうですね。半分以上……,いや7,8割ぐらいは研究用途でした。当時は,まだレーザー技術も本当の意味で量産に用いられるほど堅牢(けんろう)で安価な装置ではありませんでした。非常に複雑怪奇な技術ですから,「ものすごい仕事はするけれど壊れやすい」みたいな(笑)。さらにメンテナンスが必要だとか。ですから,研究所で使っていただく分には十分役立つのですが,製品を1万個作るために24時間,1週間に7日間稼働するような装置ではなかったのです。

聞き手:工業用途に使われ始めるのは,いつごろからなのでしょうか?

遠矢:分野とかモデルによって違うのですが,ヘリウムネオンレーザーなど小型のガスレーザーはかなり早い時期から使われています。35年~40年前あたりでしょうか。アルゴンなどのイオンガスレーザーは,少なくとも30年ぐらい前から使われていたのじゃないかと思います。印刷や医療用途などに使われていました。
 国内のメーカーにコピー品を作られた時もありました。それらのメーカーに市場シェアを大きく明け渡したこともありましたね。ただ,そのようなすでに技術が確立された製品は「日本の企業にやってもらおう」というスタンスでいました。一方でレーザーは非常に技術革新が早く,2,3年で技術そのものが陳腐化していきます。こうしたほとんどの国内メーカーは,その後,レーザー装置の開発から撤退していきました。レーザーの世界は,技術をコピーして安く売って生きていけるような世界ではないのです。

聞き手:例えばどのようなところが他の装置と違うのですか?

遠矢:レーザーは簡単にいうと強い光,それも圧倒的にエネルギーの高い光です。これで物質を溶かしながら加工していく。その方法は物理的なものではなく,熱化学による作用なのです。フェムト秒のレーザーですと,電子顕微鏡で見ないと分からないぐらいのエッジ加工能力で,その上,バリが出ないなどさまざまなメリットがあります。加工対象物が小型になればなるほど,レーザーでないと加工できない世界になっていきます。
 そういう意味で技術的に難しいのは,ビームを思ったように,必要とされるスペックで作り上げる,つまり,波長やパルス,あるいはエネルギー分布の形状などを制御することです。出てきた光を加工するわけにはいかないので,もともとの設計でそういう光を作り出していく技術は空間を制御する技術ですから,非常に難しいのです。

聞き手:市場が爆発的に広がった分岐点のようなものはあったのですか?それとも,徐々に広がったと言った方がよいのでしょうか?

遠矢:出力の大きな水冷のアルゴンイオンレーザーというものがあります。これは数W?数十Wの出力で,CWという安定した連続波のレーザーです。個人的な見解ですけれど,それが産業向けのアプリケーションで一気に出てきたのが,恐らく産業市場における転換期だったのではないでしょうか。
 我が社は当時,水冷のレーザーも作っていましたが,少々先読みしすぎて「もうすぐ固体レーザーになるだろう」と考え,研究をそちらにシフトしていました。ただ,固体レーザーが,安価で性能が良く品質も良くなり,産業用アプリケーションで使われるようになるまでには,もう少し時間を要すことになりました。

聞き手:それはいつごろなのでしょうか?

遠矢:本当の意味で量産を見据えて開発されたのは25年ぐらい前からだと思います。量産されるようになったのはここ15年くらいでしょう。

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