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ものづくりの才能は実践により培われる三鷹光器(株) 中村 義一

遊び場は天文台の中

聞き手:それではまず,なぜ,この分野に興味を持たれたのか,会長の若いころのお話をお伺いできればと思います。

中村会長:まず,子供のころ友達がいなかったから,ものづくりに興味をもったわけです。どうしても隣近所の友達と遊ぶことができない環境でした。

聞き手:それはなぜでしょうか?

中村会長:うちの親父が,三鷹の国立天文台をつくるために麻布から三鷹に引っ越したのですが,親父の仕事は天文台建設予定地の取得で,土地の持ち主である農家の人に「その場所をどいてくれ」というのが役目だったのです。ですから,地元では「中村に土地を追い出された」と言われて,それはもう半端じゃなくて,石を投げられたりする状態でしたので,遊びになどとても怖くて行けませんでした。

聞き手:時代的にはいつごろのお話ですか。

中村会長:わたしが生まれたのは昭和6年ですから,昭和10年ごろでしょうか。地元で酒盛りがあると,うちのお袋は子どもを抱えて逃げなければならなかったそうです。やっと家に帰って来ても,玄関がめちゃくちゃに壊されていたりね。
 だから,家の中ばかりで遊んでいました。家の中でできることは限られていますから,ものづくりばかりしていました。あとは,天文台のすぐ隣に住んでいたので,天文台の中に入ってしまえば一般の人は入って来られませんから,先生に迷惑かけないように遊んだりもしました。天文台の先生たちも「中村の子じゃしょうがないな」と理解してくれ,そういう点は非常に得をしたと自分では思っていますが(笑)。

「小さな星」にがっかりした少年

中村会長:こういう環境で育って,望遠鏡作りが仕事ですから,「天体観測もお好きなんですか?」とよく聞かれますが,実は天体観測なんかしたことがないのです(笑)。親父にウソをつかれてから「もう絶対星なんか見ない」と幼心に思ってね。

聞き手:どういうことですか?

中村会長:小学校1年のころだったかな? 「天文台の望遠鏡なら,星は野球のボールぐらいに大きく見える」と親父に聞かされていたので,確かめたくて,夜こっそり天文台に星を見せてもらいに行った。国立天文台には当時東洋一だった65センチの屈折望遠鏡があって,観測中の先生に「星を見せてくれ」とお願いしたら「今,観測中だから駄目だ」と言われましたが,その辺は小学生だから融通が利かない。「お前はあの時,だだをこねていた」と,先生にはよく言われましたが(笑),「仕方がないなぁ」と望遠鏡をのぞかせてくれたのです。でも,そのとき見えたのは直径が1cmくらいの星で,頭の中にはすっかり野球ボール大のイメージができあがっていたから「先生,これは違う。星じゃない!」と言って先生を困らせた(笑)。結局がっかりして帰ってきて,親父に「うそつき!もう2度と星なんか見ない。あんな面白くないもの!」なんて言ってね。あのときに木星とか土星なんかを見せてもらって感動していたら,きっと今も星を見るようになっていたのではないかと思います(笑)。

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