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研究は面白いから続けられる。(後編)Marine Biological Laboratory 井上 信也

レクチファイヤー

 井上:それで今度はロチェスター大学に移りました。ロチェスター大学に行ったのは,プリンストン大学で私の先生だったケネス・クーパーがそこの教室主任になっておられたからです。ご存じのように,ロチェスターにはイーストマン・コダックを始めとして光学に関する会社がたくさんあります。
 ロチェスター大学では,物理教室の光学の教室があって,その学生に偏光について教えなさいということで,数学が苦手な私はビクビクしながら偏光について教えたりもしていました(笑)。そのようなある日,アメリカンオプティカルという会社の研究所の所長に会うことになりました。当時アメリカンオプティカルの研究所は非常に優れた研究所で,所長に会って偏光顕微鏡の話をすると,「偏光顕微鏡を作っているのは面白いが,その性能を現在の5倍良くすることができるならば研究費を出してあげよう」と言われたのです。そのときは,性能を5倍上げるというのは非常に難しいと思ったのですが,「やってみます」ということで改良を始めました。
 偏光顕微鏡は,光源からの光を偏光子(polarizer)によって直線偏光にし,その光が試料を透過したときに試料の持つ複屈折による偏光状態の変化を観察するもので,一般には検光子(analyzer)を偏光子と直交させて,複屈折をしていない部分が全部真っ暗になるようにして使います。そうすると夜空で星が見えるように,複屈折をしている部分だけが明るく見えます。ところが,直線偏光された光というのは,レンズを通るとレンズの球面により偏光の方向がわずかに回転する性質があります。このため,本来は光が通らずに真っ暗になるはずなのが,このわずかな回転により光が通ってしまい,夜明けに星が見えなくなるように,弱い複屈折をしているものは見えなくなってしまうのです。このような事情をアメリカンオプティカルの研究所のゼミで話してみたところ,そこには優秀な光学の専門家が大勢いますから,「あれをやってみたらいい」「これをやってみたらいい」と,いろいろなサジェッションをしてくれたのです(笑)。その中に,「半波長板を使ってごらんなさい」と言ってくれた研究者がいました。
 それで,「半波長板を使ったらどうなるのですか?」と聞くと,半波長板を使うと偏光方向が反転するからもう一度同じレンズを通れば元の偏光方向にもどるはずだ」と言うのです。その話から,“レクチファイヤー”※の原理を思いついたのです。このレクチファイヤーにより,偏光顕微鏡の性能は5倍どころか20倍上がりました(笑)。ここで大事なのは,ただ感度が上がっただけではなく,解像渡が一番高いレンズを使ってそれができたということです。これで初めて細胞の中の細かいものの弱い複屈折まで見えるようになったのです。
 面白いのは,実はそのレクチファイヤーを思いつく前に,その意味を知らずに自分で半波長板を使っていたのです。東大を卒業したころに,筋肉がどのように縮むのかを見るのに,木の台の上に簡単な偏光顕微鏡を造ったのですが,当時は筋肉が縮むときに筋繊維の分子は折りたたむように縮むということが言われていました。しかし,偏光顕微鏡を使って筋繊維が縮む様子を見ると,分子の折りたたみでは絶対にあり得ないような状態が見えたのです。残念ながら,この筋繊維の研究成果は生理学の先生にケチをつけられて,結局論文として発表していないのですが,筋原繊維の複屈折を測るために,水晶のくさび(quartz wedge)の複屈折(つまりslow axisとfast axisの方向)を反転させるような雲母の薄い板をはがして作り,それをquartz wedgeの薄い側に重ねて使ったのです。その雲母の板がまさしく半波長板だったのです。※
 レクチファイヤーを使ったレンズはニコンでも製品化されましたが,アメリカンオプティクスにしても,プリンストン大学で偏光顕微鏡を作ったときも,アメリカの企業というのは大学との共同研究にものすごく熱心で非常に助かりました。この企業の協力がなかったならば,これまで行ってきたいろいろな研究はできなかったと思います。
  • ※偏光子と検光子の間にある顕微鏡のレンズと同じ偏光特性を持つ半球面の光学素子をレンズのすぐ後ろに置き,その光学素子を通った偏光状態の光を半波長板で反転させることで顕微鏡の光学系による偏光を打ち消す方法。
  • ※S. Inou・ Article 3 in Collected Works of Shinya Inou・ World Scientific Publishing Co., Singapore(2008)

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