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演奏中のヴァイオリン弦の振動東京工業大学 松谷 晃宏

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 ヴァイオリンの4本の弦は弓毛で擦られて振動する。その振動は,駒を経てヴァイオリンの胴体に伝わり音としてわれわれの耳まで届く。弦の振動は中学や高校で正弦波として習うが,擦弦楽器では事情が異なる。ヴァイオリンなどの弦楽器は,「弓で擦る」のだが,実際は弓毛(馬の尻尾の毛)だけで擦っても音はでない。弓毛表面に付着させた松脂との摩擦により弦はステイック-スリップ(stick and slip)運動する。Helmholtzは振動顕微鏡を用いて,擦弦振動は“へ”の字のように交点で鋭く曲がった2本の直線に近い形をしており,この曲がり角が弦を周回すると説明した(Helmholtz運動)。20世紀後半には,異方性倍率カメラを用いて擦弦振動の姿の全容が直接観測されるようになり,主として擦弦位置の観点から弦振動の研究がなされた1)。一方,弦楽器の演奏家にとっては,「共鳴」が重要であることは常識である。弦の正しい位置を指で押さえて演奏すれば共鳴関係にある他の弦が振動する。この共鳴現象は音色に大きな影響を与える。ところで,実は家庭にあるカメラでも,ストロボ光を利用することで弦の振動と包絡線の姿を同時に撮影することができる。図1は D弦(左から2番目の弦)のG音の位置を押さえてD弦を演奏(擦弦)中の写真である。D弦のG音はG弦(左端の弦)の開放弦の1オクターブ上なので振動数は2倍である。したがって,正しい位置を押さえているときにはG弦が共振する姿が見られることになる。図2は図1の写真を画像処理により擦弦方向に約10倍拡大したものである。このように観察すると,擦弦中のD弦はHelmholtz運動,共鳴しているG弦は正弦波で振動していることがわかる(D弦の矢印はHelmholtz運動の曲がり角,G弦の短い白線は弦長の1/4を示す目印)。ちなみに,Helmholtz運動の包絡線は放物線である。図3は,正しくない位置で押さえたときの姿で,D弦のHelmholtz運動は見られるがG弦は共鳴していない。これは音色の違いとなって聴こえるので,正しい位置で押さえて演奏することの重要性がこの観察からもわかる。図4は弦を過剰に押し付けて演奏したときの弦の振動の姿である。曲がり角が複数ある不規則な振動が音色に好ましくない影響を与えることは容易に理解されよう。つまり,弦楽器の演奏にはきれいなHelmholtz運動と共鳴が重要ということだ。今回紹介した実験については,音響特性なども含めて報告2)してあるので興味のある読者は拙論をご覧いただきたい。筆者は長年ヴァイオリンとヴィオラを演奏しているが,このような観察が芸術と科学の橋渡しの一助となれば望外の幸せである。

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