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拡張満腹感東京大学大学院情報理工学系研究科 教授 廣瀬 通孝

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 このクッキーの画面が大きな反響を呼ぼうとは思ってもみなかった。実はこの画面は写真の右側のHMDをかぶったときに見えるもので,HMDに取り付けられたカメラを通してのものである。
 カメラから取り込まれた映像は,コンピューターに送られ,分析される。まずはクッキー,手,背景が切り分けられて認識される。コンピューターはさらにあらかじめ与えられた倍率でクッキーを拡大し,それに合わせて手の形を変形するのである。HMDをかぶっている人は,実際に目の前にあるクッキーとは違った大きさのクッキーを目にするわけだが,5割程度の拡大では気付かないものである。
 さて,この状況でクッキーを食べてもらう。面白いことにクッキーを5割方大きくすると食べる量は1割減少,同様に小さくすると1割増大することがわかった。こういう現象が存在すること自体は心理学の分野では知られていたが,実際にリアルタイムシステムとして実現したのは我々が初めてである。
 要は満腹感という内臓感覚も視覚によって制御することができるわけで,クロスモーダル(感覚間相互作用)の応用ということができるだろう。食べる量が増えようが減ろうが変化という意味では一緒だが,一般社会が興味を持つのは圧倒的に減るほうである。このシステムは,ダイエットメガネという名前を頂戴した。
 今のところ,画像認識や画像変型には非常に単純なものを使用しているので,どんな食物でも拡大縮小が可能なわけではないし,どれだけ長期的な効果があるかも十分に検証されたわけではない。そもそもこんなHMDを常につけて生活するのは無理だろう。
 にもかかわらず,このシステムが社会から興味を持って眺められているのは,VR等のメディア技術の本質な効用をうまく表現しているからではないだろうか。メディア技術によって眺める現実世界は,生身で感ずるものとは多かれ少なかれ違っている。この微妙な違いによって,我々の認識は変化し,さらに行動が変化する。その行動が少しでも良いほうに向くのであれば,あえてメディアを介在することの意味が生まれるであろう。
 VR技術は現実にかなり近い世界を人工的に創出することができるようになったが,現実との差異は,最終的にはゼロとはならないだろう。しかし,その差異こそが重要なのだということをこのシステムは教えてくれるのである。

参考文献

  • Takuji Narumi, Yuki Ban, Takashi Kajinami, Tomohiro Tanikawa and Michitaka Hirose: Augmented Perception of Satiety: Controlling Food Consumption by Changing Apparent Size of Food with Augmented Reality, In Proceedings of the ACM SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems(CHI2012), pp.109-118, May (2012)

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