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手のひらに載るほど超小型な電子線 プローブX 線マイクロアナライザー京都大学 河合潤

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 電子線プローブX 線マイクロアナライザー(EPMA)というのは,数~数十kV の加速電圧で電子を試料に照射し,励起された特性X 線を測定して微小部の化学組成を分析・イメージングする装置である。入射電子が試料中で散乱してマイクロメートルにまで広がるので,電子ビームをナノメートルまで絞っても,一般的にはX 線の発生面積はマイクロメートル以下には小さくならない。したがって,EPMA は空間分解能マイクロメーターで,元素組成を分析する機器分析装置である。電子ビームを発生させるためには高真空(10-6Torr 程度)を必要とし,高電圧電源や電子レンズなども備えた装置となる。日本では,X 線分光に湾曲結晶X 線分光器を使う方式に限ってEPMA と呼ぶという規則もあるようで,最近使われ始めたSDD(シリコンドリフトディテクター)を用いるものはEPMA とは呼ばないようである。しかしながら,欧米はおおらかで,半導体検出器を用いていても,また湾曲結晶がついた装置でもどちらもEPXMA(EPMA に「X 線」のX を入れた略号)と呼ぶ。こうした装置は,壁の配電盤の電場の影響も受けるので,十分に離して設置する必要があり,広い部屋が必要となる大型の装置である。
 現在,手のひらに載る装置で核融合を行おうという研究が米国で行われており,重水素イオンD+ を加速する電圧源として焦電結晶が試されている。焦電結晶とは,例えばタンタル酸リチウム(LiTaO3)などで,通信機器の周波数フィルター素子としての用途もある。結晶中の+イオンの重心と- イオンの重心が一致しておらず,過熱して膨張したり,冷却して収縮すると結晶格子単位で電圧を発生するので,マクロなサイズの単結晶では非常に高い電圧を発生できる。数十度の温度変化で1mm あたり10kV 程度は発生でき,電子ライターやピエゾ素子と似た働きをする。機械的に圧縮しても,冷却して圧縮しても高電圧が発生し,逆に交流電圧をかけて共鳴すれば機械的に振動させることもできる。
 3mm×3mm×10mm のタンタル酸リチウムを2 個ガラスの真空容器に入れ(ガラス容器には穴があけてあり,カプトンテープでシールして真空を封じると同時に,X 線を通す窓にしている),ペルチェ素子で温度を数十度変化させると, X 線が発生し始める(図1,2)。真空度が重要で,真空が良すぎても,悪すぎてもX 線は発生しない。真空度が10-2Torr 台で強いX 線が発生する。ちょうどロータリーポンプで引く真空度である。単結晶1 本で図3 のように50keV までのX 線が発生する。単結晶を2 本使うと80keV のX 線まで発生する1)。10-2Torr 台の真空中では,X 線スペクトルを測定することによって高電圧を測定できる。単結晶の長さと電圧が比例しないのは,電圧が高くなりすぎると結晶の面に沿って放電するからである。長く使っていると,単結晶表面には放電によるススがついて黒くなってくるので,時々クリーニングする必要がある。X 線が発生するのは,真空中に浮遊した電子が高電圧で加速されて結晶に衝突し,それによって2 次電子が発生し,再び同じことが起こり,さらに大量の2 次電子が発生するということを繰り返すからである(単結晶が中和されるまで数分間X 線が発生し続ける)。電荷が中和された後は,ペルチェ素子の電圧(3V)を逆にかけて,温度変化を逆転させると電子の加速方向が逆転し,これを何度でも繰り返すことができる。
 焦電結晶の一方の端に微小試料片を貼り付けると,その試料の特性X 線スペクトルが測定でき,電子線プローブX線マイクロアナライザーとなる。現在は,ミュージシャン用の音楽アンプをSDD 検出器につないでUSB 経由でコンピューターにX 線パルスを録音することで2),X 線スペクトルに変換できるようにしている(図4)。

・謝辞
共同研究者の弘栄介君(2010 年3 月修士修了),中江保一君(D2), 山本孝先生(徳島大准教授),焦電結晶を提供いただいた信越化学工業(株)の国谷譲治氏に感謝する。

参考文献

  1. 弘栄介,山本孝,河合潤:“焦電結晶の小型高エネルギーX 線源への応用”,X 線分析の進歩,41, pp. 195 ~ 200(2010)
  2. 中江保一,河合潤:“ノート型パソコンの音声入力用A/D コンバータを用いたX 線計測”,X 線分析の進歩,41, pp. 157 ~ 163(2010)

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